新聞の報道

988 ~ 989 / 1205ページ
 『北海道新聞』(二四年三月三一日付)は、港地区の一部合併について、合併の前日、「結ぶ市長三代の夢」と題して、次のように報道した。
 
    昭和十二年以来の懸案であった函館市と亀田村の合併問題は、昭和十八年九月、当時の登坂市長が、亀田、銭亀沢、大野、上磯の四隣接町村合併調査委員会を設置してから七年目、市長三代にわたる交渉がようやく実を結んで、去る二月二十一日市側鳥井委員長、村側木戸浦委員長の間に亀田村分村合併の調印を終わり、四月一日を期して亀田村臨港地帯、字港町の一部東西一・六三四キロ、南北一・九〇八キロ、面積〇・九六六平方キロ(二十間坂以西弁天町、台町、山手住宅地一帯の地域にほぼ同じ)が函館市に編入されることになった。
    市の合併調査委員会はこの間再三委員の改選も行われたが、昭和二十二年六月函館市亀田村合併調査委員会(委員長鳥井小次郎氏)が正式に全村合併を申入れしてから、急速に具体化し、亀田村でも市、村合併特別委員会を設置して市の申入れに応え、また港地区有志の組織した亀田、函館合併促進同志会が世論を喚起するなど合併問題もいよいよ軌道に乗った感があったが、農村地帯住民の反対によって当初の予定を分村合併に変更し、二月二十一日の調印に基づいて函館市側は二十五日の市会、亀田村側は二十八日の村議会でそれぞれ満場一致可決されたものである。(中略)
 
       亀田合併地区の分室決まる
    函館市では四月一日から新たに市に入る亀田村合併地区にかねて合併地区から要望されていた市分室(第十七)を設置し、四月一日から市内一般分室同様合併地区内の配給その他一般事務を取るが、場所は元港警防団詰所である。なお同日合併祝賀記念として、合併地区内の学童千百五十八名に市から学習ノート一冊ずつ贈呈する。