この地区を流れる汐泊川は亀田半島最大の流域面積をもつ二級河川で、古くからサケの増殖事業がおこなわれてきた。特に古川地区にある孵化場は特有の採卵方式を採用している。従来は、河口近くの堰で親サケを網で捕獲し、人工採卵、受精、孵化、育成まで、すべて場内施設で人工的に管理してきた。しかし、現在は、河川を遡上してきた親サケが河口付近の堰から勝手に水路をさかのぼり、孵化場内の蓄養池に入ってくるのである。このサケ孵化場の特徴は、サケが通る水路にある。幅約一メートルの細いコンクリート水路がウライ横の川岸上方にある孵化場内まで伸びている。水路の途中にはサケがジャンプして登るための小滝が階段状にいくつも作られ、そのゴールが大きなプールになっている。
サケ導入水路の設置は、採卵作業の大幅な合理化につながった。網採り作業は人手を要し、しかも増水時に危険がともない、捕獲尾数によっては緊急の応援依頼を余儀なくされた。それが導入水路方式となった今では、ただ登ってくる親ザケを観察しているだけでよいのである。さらにこの方式の利点は、サケの滝登りが親ザケの自動選別の役割をも果していることである。成熟したサケほど上流に登ろうとする性質が強いため、水路を登ってくるサケのほとんどが成熟魚で、すぐに採卵可能である。これまでは親魚の熟度判別のため一尾ずつ捕獲し、未熟魚は再び池に戻して成熟を待った。このような親魚の扱いは魚体を痛め、卵の質を低下させて稚魚の生き残りにも大きく影響した。しかも未熟魚を孵化場内で長期間蓄養する大きな池も必要であった。この滝登り水路方式ではそれらがすべて不要となった。
このようなアイディアはどこから生まれたのであろうか。サケ、マス類は母川回帰の性質が強く、自分が生まれた川の匂いを記憶しているという。その正確さは自分が生まれた支流の小沢まで嗅ぎ当てるほどである。これは確実に子孫を残すための本能ともいえる。滝登り水路が完成する以前から、孵化場の排水路にたくさんのサケが登ってきていた様子を観察していた孵化場の職員が、捕獲作業の非能率と魚体を痛めることの問題性を考え、滝登り水路のアイディアを生み出したという。
現在では九月中旬から十一月中旬までの二か月間に一万匹以上の親ザケが、この水路を通って溯上してくる。多い日には七〇〇匹にも達し、プールが満杯となる。
最近、漁業対象となる生物の増殖をなるべく自然の摂理に従っておこなおうとする試みが増加しつつある。これは生物進化の歴史からみて望ましいことと考えられる。何より、人手と経費がかからないだけでなく、野生生物は本来自然環境に鍛えられることによって種族が維持されてきた事実がある。
かつて銭亀沢の孵化場では十分な採卵数を確保するための安全策として、早めに採卵をおこない、後期にはしばしば卵の収容能力をオーバーし、余った卵を他の河川に移植していた。これは来遊予報の精度があまり高くなかった時代の防衛策であったが、そのため汐泊川の来遊後期の溯上数は現在でも少なめである。このような来遊数の前期への偏りは汐泊川以外でも普通にみられ、現在平均化対策がとられている。そのような平均化は孵化場の施設と卵、稚魚の管理からも望ましいことである。採卵時期と採卵数の平均化は事故に対する危険分散の意味も大きい。このような危険分散の方法は野生生物の産卵生態にごく普通にみられるものであり、自然の摂理を生かした古川孵化場の方式は、いずれシーズン内での来遊数の平均化だけでなく、豊漁年や不漁年といった年ごとの来遊数の変動をも解決していくことが期待されている。
汐泊川さけふ化場
[汐泊川さけふ化場]
元気に登る親ザケ。しかし、生まれ故郷の川にたどり着いた親ザケの余命はわずかである。
[汐泊川さけふ化場]
畜養池全景。川から登った親ザケは雌雄に選別され、採卵を待つ。写真右下に親ザケの導入水路が見える。
[汐泊川さけふ化場]
道路を横切る導入水路。水路の途中には何段もの小滝があり、親ザケは休みながらも一段ずつ上へ登る。
[汐泊川さけふ化場]
導入水路の入口。ウライで堰き止められた親ザケは手前の水路へと入ってくる。