イワシの加工

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 イワシは釜で煮てからドウで絞り、油と粕に分離した。ドウは四角い形をしている(図3・2・3参照)。カゴ一〇で一釜分、これを一釜煮といった。これをドウに入れて絞りさらにもう一釜足して強くロクロで絞った。ドウで絞った粕をタマといい、一回分(二釜分)を一タマといった。ドウはのちには、丸形のキリン(らせん式圧搾器)に変わった。
 イワシ粕は各自乾燥した。これを粕干しといった。イワシ粕の乾燥は冬場の作業で、ニシン場に行く前に乾燥を終えた。親方衆は五月までかかった。雪の多い年は雪を踏み固めて、ムシロを敷き乾燥した。干場は自分の土地の幅で海岸まで権利があった。粕は海産商に販売した。
 古川町の木村漁場では、ナツボには砂がつかないように下にものを敷いて四角く囲いをしておいた。イワシを焚く釜は一か統に一〇枚くらいで、釜二つに炉が一つついていた。釜一枚(一枚、二枚と数えた)にキリンが二つで、釜一枚を一人が担当した。イワシをキリンで絞っている間に、ナツボからイワシを運んで、次に絞るイワシを煮た。したがって、ナツボ、釜場、のほかに網を干す場所が必要であった。キリン以前はドウを使用した。キリンに変わったのは昭和十年頃であった。ドウからはカタカケという長いボウ二本で運んだ。ドウは逆さまに置いておく、固くて人が上がってもつぶれない。冬場、漁が終わってから晴れ間をみて乾燥した。これは地元の人がおこなう。漁場によっては人を頼んで番屋に寝まりしておこなうこともあった。

図3・2・3 ドウ(『北海道漁業図絵』明治13年)