南の日本海や東シナ海から回遊してきたスルメイカ(図7−1)は、1年という短い一生の中で、この海峡とそれより北の海の高い生産力に支えられて成長し、やがて故郷の海に戻って産卵し、次の世代に命を託して死を迎える。
スルメイカには生まれた時期の違いから、秋生まれ群、冬生まれ群、および夏生まれ群の3系群に分けられると考えられている(〈文献2〉)。しかし、これら3系群の分布や産卵所は地理的に重複しているところが多く、生まれてから死亡するまでの一生を通じて、お互いに独立した集団であるかは問題が残されている。北海道の周辺に分布し、資源量が多いのは、冬生まれ群と秋生まれ群である。いずれの群も北海道近海には産卵所がなく、北海道に来遊するのは主に索餌のためである。
冬生まれ群は、九州南西岸から東シナ海で12〜3月ころに生まれる。稚仔は、太平洋側では黒潮、日本海側では対馬暖流に乗って北方海域へ漂流しながら移動し、早いものでは5月ころ北海道南部に現れる。8月に最も分布を北側海域に広げ、日本海側では沿海州、サハリン西岸に達する。また太平洋では道東から千島列島南部の海域に広がり、その一部はオホーツク海にも入る。9月ころから水温の低下とともに、南下回遊に転ずるが、南下を始めるきっかけは成熟の進行によると考えられている。
秋生まれ群は9〜11月ころ、冬生まれ群より少し北寄りの九州西岸から日本海西部沿岸で生まれ、冬生まれ群と同じように稚仔は、対馬暖流に運ばれ日本海を北上する。しかし、太平洋側にはほとんど分布しない。分布は冬生まれ群より沖合寄りで、春には対馬暖流と北方冷水の境界に形成される極前線付近に密集し、7月ころ日本海全体に広がる。8月ころは利尻・礼文島を越え、モネロン島付近に達する。8から9月には南下回遊を始める。
10数年前から水槽での飼育実験を行っている。その結果によれば、水温15〜23℃の表層の温かい水の中で透明な寒天質状のフットボールから直径1メートル大の卵塊を産み(図7−2)、その水温帯で幼生が成長すると考えられる。この仮説に基づいて、1984年〜95年にかけて昭和の後半のスルメイカ資源減少期と平成以降の資源増加期における産卵に適した海域の年と季節ごとの違いを、NOAAの人工衛星による日本周辺の水温分布を使って抽出した(〈文献3〉)。その結果、平成以降の海水温は温暖な状況が続いており、これが秋から冬のスルメイカの産卵場を対馬海峡から五島列島周辺の広い範囲に形成させていることが判った。逆に、昭和後期までの海の環境は寒冷期に相当し、冬のスルメイカの産卵可能な海域が東シナ海のかなり南になってしまい、その範囲も狭いことなどが明らかになった。つまり日本周辺の海の温暖化は、スルメイカにとっては好都合であったことになる。それでは、ヤリイカはどうであろうか。