下海岸の道路がまだ開かれず、バスも通らず、ワラジをはいて峠を越えて往復したり、ドサンコ馬の背に乗って歩いた昔は、狐、ムジナ、などにだまされたという話は戸井だけではなく、各地にあったものである。
昔の日本人は、狐は化(ば)けるもの、人をだましたり、人に憑(つ)いたりするものだと、真面目(まじめ)に信じていた。狐の化けた話、狐にだまされたという話は、道南各地にたくさん伝えられている。狐つきの話も、昔は日本各地にあった。狐つきは、人々の信仰の衰えた時代の末期的な現象だといわれている。
狐だけでなく狸も化(ば)けたり、人をだますものと信じられていた。東北や北海道では、狸をムジナと称し、昔は「狸とムジナは違う」とか「いや同じだ」という議論をしたものである。ムジナは狸の種類だが、エゾタヌキという和名がつけられている。
又、カワウソが化けたり、人をだましたりすると信じている地方もある。
戸井地方でも、道路が開かれず、戸数の少なかった頃は、ゴッコ澗(館鼻の崎)からシスンの崎(横泊)の間は最も淋しい場所で、夜に横泊の裏山で狐火を見たとか、狐の嫁入りを見たとか、海岸沿いの道を歩いている人に、ムジナが砂利をまきちらしたなどという話が今でも残っている。
浜中(今の浜町)から鎌歌へ越える熊別坂のあたり、〓宇美家の裏山では、しばしば狐の嫁入を見たという話が伝えられている。女や子供は狐やムジナにだまされることを恐れ、夜の一人歩きはしなかったものである。
素朴な村人たちは、狐をお稲荷(いなり)さんの使いだとも信じていた。
戸井には、狐やムジナにだまされたという次のような話が、伝えられているが、こういう話は道南各地にあった。