三、戸井方言を形成している東北方言の訛語、訛音の方則

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 東北方言の訛語、訛音の方則を分類して述べると大体次のようなものになる。

1 カ行、タ行の濁音化

 

2 タ行、サ行、ハ行の濁音の前につく音の鼻音化

 
3 シとスの混同(シとスを同じに発音する)
 スシ(寿司)→スス。シカ(鹿)→スカ。シラミ(しらみ)→スラミ。アンシン(安心)→アンスン。シンパイ(心配)→スンパイ。シンブン(新聞)→スンブン。シゴト(仕事)→スゴト。シナモノ(品物)スナモノ。シヌ(死ぬ)→スヌなど。
 
4 チとツの混同(チをツと発音し、殆んど濁音化する)
 ハチ(蜂)→ハヅ。ミチ(道)→ミンヅ。マチ(町)→マヅ。イチ(一)→イヅ。モチ(餅)→モヅ。クチ(口)→クヅ。グチ(愚痴)→グヅ。マッチ→マッツなど。
 
5 イとエの混同(イを正しく発音できず、エと発音する)
 イエ(家)→エエ。イヌ(犬)→エヌ。イカ(烏賊)→エカ。イモ(芋)→エモ。イタ(板)→エタ。イロ(色)→エロ。カイ(貝)→カエ。タイ(鯛)→タエ。イタコ(囗よせのこと)→エタコなど。
 
6 ヒとフの混同(ヒがフに転訛する)
 ヒト(人)フト。ヒトツ(一つ)→フトツ。ヒク(引く)→フグ。ヒル(屁をヒル)→フル。ヒビ(ひび)→フンビ。ヒッコム(引っ込む)→フッコム。ヒロウ(拾う)→フラウ。ヒッパル(引っ張る)→フッパル。ヒッカケル(引っかける)→フッカケルなど。
 
7 イ列の発音の不明瞭
 東北方言地域は、イ列即ち「イ、キ、シ、チ、ニ、ヒ、ミ、リ」の発音が、あいまい不明瞭で、ウ列即ち「ウ、ク、ス、ツ、ヌ、フ、ム、ルに近い発音になる。
 キがク、シがス、ニがヌ、ヒがフ、ミがム、リがルに近く聞える。イの発音が正しくできないために、キがキイとクウの中間の独特な発音になる。そのほかイ列とウ列の、シとス、ニとヌ、ヒとフ、ミとム、リとルが混同して東北方言独特な発音になる。東北方言の訛音矯正は、イ列、ウ列を対象して、徹底的に矯正訓練をすべきである。
 
8 動詞、形容詞の語尾にべをつける
 これは関東方言に広く分布している。
 (1)誘い、促がすことば
  行くべ(行こう)、歩くべ(歩こう)、乗るべ(乗ろう)、寝るべ(寝よう)、登るべ(登ろう)、走るべ(走ろう。食うべ(食べよう)、飲むべ(飲もう)、やるべ(やろう)、やめるべ(やめよう)などの用例がある。
 (2)「だろう」「でしょう」などと、念をおしたり、推量したりすることば。
  いいべ(いいだろう)、寒いべ(寒いでしょう)、面白いべ(面白いでしょう)、悪いべ(悪いだろう)、暑いべ(暑いでしょう)、困るべ(困るだろう)などの用例がある。
 
9、名詞の語尾にコをつける
 これは東北方言独特のもので、愛称の一種である。小さいもの、可愛らしいものに多くコをつける。
 (1)幼児の体の部分
  テコ(手)、アシコ(足)、ユビコ(指)、ツメコ(爪)、ハナコ(鼻)、ミミコ(耳)、ハラコ(腹)、アタマコ(頭)、クチコ(口)など。
 (2)動物の子
  ウマコ(馬)マッコと訛る。ベゴコ(牛)、ネゴコ(猫)、イヌコ(犬)、ウサギコ(兎)、コッコ(一般的に動物の子をいう)
 (3)小さなもの
  マメコ(豆)、フネコ(舟)、タマコ(玉)チャワンコ(茶碗)、イモコ(芋)、タルコ(樽)など。
 (4)可愛らしいもの
  ハナコ(花)、トリコ(鳥)、キモノコ(着物)、ニンギョコ(人形)など。
 
10 ゾウがジョウ、ゾがジョと訛る。
 ソウキン(雑巾)がジョウキン。ゾウリ(草履)がジョウリ。ヂゾウ(地蔵)がヅンジョ。センゾ(先祖)がセンジョ。シンゾウ(新造)がスンジョ。コゾウ(小僧)がコンジョ。人名の政蔵、善蔵、伝蔵などは、それぞれマサジョ、ゼンジョ、デンジョなどと訛る。
 
11 ザがジヤャと訛る。
 ザル(ざる)がジャル。ザンネン(残念)がジャンネン。ザッシ(雑誌)がジャッシ。ザッピン(雑品)がジャッピン。ザシキ(座敷)がジャシキ。ザトウ(座頭―盲人)がジャド。ザマ見ろがジャマ見ろ。ザックリがジャックリなどと転訛する。
 
12 主格を表わすガの省略
 東北方言には、体言について主格を表わす助詞のガが省略される場合が多い。それを例示すると
 犬がいた→犬いた。具合が悪い→具合悪い。雨が降った→雨降った。鼻が高い→鼻高い。人が来た→人来た。風が(○)吹いた→風吹いた、などである。
 「雨降って地固まる」などの用例と違った東北方言のが(○)の省略がかなり多い。
 
13 対象を表わすヲ(○)の省略
 体言について、対象を表わす助詞のヲ(○)が省略される場合も多い。それを例示すると。
 魚を(○)食う→魚食う。昆布を(○)取る→昆布取る。山を(○)歩く→山歩く。花を植える→花植える。畑(○)をまく→畑まく。フキを取る→フキ取る、などである。
 
14 方角や目標を示す動詞のヘ(○)及び対象を示すニ(○)がサ(○)に転訛する。(これも東北方言には多い)
 (1)山へ行く→山さ(○)行く。学校へ行く→学校さ(○)行く。函館へ行く→函館さ(○)行く。東京へ行く→東京さ(○)行く。
 (2)学校にはいる→学校さ(○)はいる。家に帰る→家さ(○)帰る。お湯にはいる→お湯さ(○)はいる。袋に入れる→袋さ(○)入れる。
 などである。
 
 以上十四項目に分けて、東北方言の訛語、訛音の方則の概要を述べたが、「戸井の方言誌」は以上の訛語、訛音の殆んどを除外したものを集録したものである。
 動物、植物などの方言名については、それぞれの項で述べた。