明治四十五年

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・六月一日 椴法華漁業組合改組し、無限責任椴法華村漁業協同組合として新発足する。
 明治四十三年の漁業組合令に基づき改組が実施され、この改組により以前の漁業権管理者の立場より一歩前進して経済活動を行う団体となったもので、主な事業としては、共同施設を所有し、共同販売・共同購買・蓄殖保護・漁業資金の貸付・その他遭難救助などが実施されるようになった。
・六月 富山県下で米騒動が発生する。
・七月十八日 函館支庁管内戸長・町村長会議において、特別基本財産造成・混食奨励に関すること等が指示される。
 この時の内容について『上磯町史年表編』は次のように記している。(抜粋)
 
   上磯町史(戸長町村会議録)
  一、特別基本財産造成ノ件
    本道ニ於ケル町村ノ如キ基礎甚ダ鞏固ナラザルモノアリ到底各種ノ施設ヲシテ一朝ニシテ完備セシムルハ望ンデ得ベキニアラザルヲ以テ宜シク之ニ応ズル適当ノ計画ヲ立テ年々歳々若干宛ノ資金ヲ蓄積シ或ル程度ニ達シタルトキニ於テ之ヲ基礎トシテ施行スルヲ最モ良策ナリトス
    湯川村ニ於ケル役場新築基金及橋梁架設基金、上磯村・椴法華村及臼尻村ニ於ケル学校営繕基金、福山町ニ於ケル学校基本財産ノ造成等ニシテ何レモ其実況ニ適シ機宜ヲ得タルモノト認ム。
    (中略)
  八、混食奨励ニ関スルコト
    本年春ノ天候頗ル不順夏期猶末ダ冷涼従テ一般農作物ノ発育不良ナルヲ以テ幸今後ノ天候順調ニ向ヒ高温ナルヲ得バ其育成ヲ挽回スルニ至ルベシト雖モ今日迄ノ状況ニ徴スルニ米作ノ如キ容易ノ其豊凶ヲ判スヘカラサルモノアリ加フルニ米価ノ狂騰ハ前代未聞ニシテ昨今稍下降ノ傾キアリト雖モ尚ホ未ダ混沌トシテ前途ヲ予測スヘカラス細民其饑ニ泣クモノアルハ洵ニ怋察スルニ余アリトイフヘシ。聞ク本道ハ農漁地方ニ論ナク常ニ米食スル者多シト提新開地トシテ多年積層スル慣習ニシテ一挙ニ打破スヘカラスト雖モ今后人口増殖ノ結果早晩逢著セザルベカラザルハ今日ノ如キ単ナル米価狂騰ノ状態ニノミ非スシテ一般ノ食料問題ナルコト記憶セザルベカラズ。然シテ未来ノ国民タルベキ学校児童ニ至テハ其盡飯ノ粗雑ナルヲ恥ズルノ傾向アリト宜シク将来ヲ察シ混食ノ決シテ恥辱ナラザルヲ示シ之ヲ奨励スルト共ニ将来起ラントスル食料問題ニ対シ予テ覚悟アラシムルヲ要ス。
 
・七月 函館からの米国向け硫黄の輸出が増加し、このような中で、函館の藤村篤治、赤井川硫黄鉱山を採鉱し、硫黄の製錬を開始する。
・七月三十日 天皇没し、大正と改元される。七月三十一日より八月四日まで五日間歌舞音曲は一切禁止となる。