昭和二十七年

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・一月十八日 韓国「李承晩(りしょうばん)ライン」を設定、これは韓国大統領李承晩が日本・韓国間の日本海に一定の区域を設定し、この区域内に韓国の主権を行使することを宣言したものである。
・四月二十七日 日華平和条約交渉妥結(二十八日調印)六月九日、日印(日本・インド)平和条約が調印され、アジア外交が次第に好転しつつあった。ちょうどこれらの条約が調印される間の四月二十八日には、日米講和・安保条約が発効され、日本は独立国としての道を歩むことになったが、同時に日本国の自衛力の強化が問題視されるようになった。しかし日本の上層部では、これらの事態がやってくることは当然のこととして予想されていたらしく、日本国の自衛力の強化を目的とした対策は着々と準備されていた。
 すなわち、
・二月一日 政府は警察予備隊を防衛隊に切り替えることを発表する。
・二月八日 吉田・リッジウエイ防衛会談。
・二月十九日 政府は海上警備隊創設を発表。
・三月六日 吉田首相、自衛戦力は違憲でないと言明する。
・四月二十六日 海上警備隊設置法公布。
・七月二十一日 破防法が公布施行され、同日公安調査庁が発足した。
・八月一日 警察予備隊と海上警備隊を統合し保安庁を新設する。
 このような動きに連動するように、国内の治安を維持するために、政府は破壊活動防止法を制定したため、国民の一部にはこれらに反対し各地に事件を起こす者があった。
・この年の出来事
 白井義男世界フライ級チャンピオンとなる。流行歌では「こんなわたしじゃなかったに」・「芸者ワルツ」・「上海帰りのリル」・「テネシーワルツ」が流行し、映画では「原爆の子」・「山びこ学校」・「真空地帯」・「生きる」などが上映される。また文芸では「火の鳥」伊藤整、「花の生涯」舟橋聖一、「やっさもっさ」獅子文六、「三等重役」源氏鶏太などが発表されていた。