大正四年十二月十四日 函館毎日新聞
東福丸惠山沖に漁船を救ふ
函館港金森合資會社所有滊船東福丸(四百二十五噸)は去る七日午前二時青森を拔錨し十勝國廣尾大津及び釧路に向け航行中仝日午前九時三十分惠山沖に到るや右舷遙かに遭難漁船あるを發見せるより針路を右方に轉じ折柄吹〓(すさ)ぶ南西の暴風は雪を齎(もた)らし激浪は澎湃(ぼうはい)として押寄せ進航の自由を欠くも必死怒濤(とう)を突破し遭難船に接近せるに船頭以下五名の漁夫は身体綿の如く疲勞の極に達し唯天祐を待つ有様なるにぞ、中村船長は、各船員を指揮して激浪と戰ひなから遭難漁夫を救助し船体は曳船として椴法華に向け航行せしが仝十時三十分引續き襲來する巨浪の爲め漁船は大破し轉覆せるにぞ全員て勵まし極力船体救助及附属物の拾集に勉めしも激浪に妨げられて一物拾集し得す漁船亦後日使用の見込なき迄に破壊されしにぞ遂に惠山岬四浬沖にて放棄し仝十一時三十分椴法華に避難したるが、之(これ)か遭難者は、函館区亀田万年橋二十五番地、尾鐵太郎(二五)を船頭に今井虎吉(二七)小野梅吉(二九)二股要二郎(四六)伊東康(二八)の五名にて身体に異状なきより救助の顚末右を添江仝地駐在署に届出ると同時に上陸せしめたりと。