アラスカ出稼(古部・小川勇助談・明治一五生)

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 アラスカへ行って来た。三六歳ごろだった。アラスカへは一二昼夜かかっていった。英国人に頼まれて倉庫を建てにいった。川の鮭は話にならないほど沢山いた。七月は日が暮れない。八月から九月になると日が暮れるが、アラスカでがカラスと太陽は見られない、濃霧で。土用のうちに雪が降った。茶碗ほどの雪が降る。みるみるうちに大雪となる。岩松やフーレップが大木で敷かさる程だ。
 シバレは感じない。海が凍ってしまうから凍らないうちに四〇日間に四棟建てて帰った。帰路はウラジオストックに寄港した。五〇年前のことだ。翌年も頼まれたが、古部の神社を建てるというので―明治四四年六月~八月―函館で切り込んだので断った。
 
 生国は新潟県だという小川翁は八〇歳を過ぎて家を建てるほどの剛気な人であった。若い頃に古部に来て、世帯をもち、村会議員など多くの役職をして活躍した人である。当時の人たちの進取の気概の旺盛さは、社会が進歩した今日から考えると気の遠くなるような事も、当然のように敢行していることが多い。