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解題・説明
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地域の物流と交通の発展に大きな役割を果たした堀留運河は、明治4年、上新町を起点として、左右に土手を築きながら長さ854間(約1545m)が開削された。そして、佐鳴湖から浜名湖に注ぐ入野川と既に結んでいた水路、明神野川(悪水堀)のうち、771間を浚渫(しゅんせつ)・整備し、この水路と接続をした。これにより明治4年4月に着工した工事は、同年7月には入野川と通じたとされている。明治39年に鉄道工場の設置が決まると、上新町の船溜と水路の一部が鉄道引込線敷設のため、埋め立てされ、新しい船溜が東伊場へ設けられた。
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