解題・説明
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明治42年(1909)市制施行前の浜松町の地図である。浜松駅を中心に北は歩兵第六十七連隊、西は鴨江観音、南は龍禅寺観音、東は馬込橋までを範囲としている。明治42年10月現在の面積は、五百八十八町八反五畝十二歩七合八夕、戸数は6,217戸、人口32,269人である。地図には官公庁や学校、会社、劇場、名所旧跡などが確認できる。鉄道院浜松工場はまだ着工しておらず、中央大鉄工場用地としている。また、「浜松停車場ヨリノ距離」、「浜名郡重要物産産出額一覧表(41年度)」、「浜松銀行会社一覧表」等を掲載している。重要物産として、綿織物、落花生、生姜、繭、生糸、形染、楽器、帽子、製茶、糸瓜、蕃椒、葉煙草、太藺筵の産出額を、銀行会社一覧は13の銀行と29の企業を記している。裏面には、「浜松商工業案内」として銀行、呉服、足袋、薬局、菓子、旅館、料理屋、牛肉店など54社の広告がある。浜松商業会議所が発行している。
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