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解題・説明
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鉄道の開通以来使用されてきた蒸気機関車は、熱効率の低さと排出する煙の害で早くから電化を要望する声が挙がっていた。東海道本線の電化は大正14年(1925)に国府津まで、ついで丹那トンネルの完成により昭和9年(1934)に沼津まで進んだ。戦後の昭和22年(1947)に静岡県知事を会長に、清水・静岡・浜松の各商工会議所会頭を副会長とする沼津浜松間鉄道電化期成同盟会が結成され電化促進運動が展開された。この結果、昭和23年(1948)に沼津・浜松間の電化が決まり、先に沼津・静岡間が着工、昭和24年(1949)2月1日に電化された。残る静岡・浜松間は同年3月末に工事が完了し、入線試験、試運転を経て4月23日より一部の客車が電気運転に、5月20日には全列車が電気運転になり電化が完成した。浜松駅は電化とともに電気機関車と蒸気機関車の付け換え駅となり、浜松機関区には11両収容可能な電気機関車庫が建設された。付け換え駅となった浜松駅のホームでは、付け換え時間を利用したハーモニカの駅売り通称「ハーモニカ娘」や竹山朝生によるラジオ体操が話題となった。この紀念誌は、電化完成を祝って昭和24年6月に浜松機関区が発行したもので、機関区全景や最新鋭のEF58型電気機関車と浜松以西を担当するC62型蒸気機関車、鉄道神社などの写真を掲載している。
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