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浜松市史 ニ
(職人町と屋敷)
このうち神明町には職人頭の家が三軒、紺屋町と大工町には二軒あり、家数からいうと大工町・紺屋町・鍛冶町・
下垂町
,本役 2 四本松村 10 板屋町 1 大工町 1 伝馬町 1 畳屋頭 1
下垂町
,1 早馬町 1 平田町 1 有下村 1 水役 4 田町 1 無役 24
下垂町
,1 平田町 1 大工町 1
下垂町
1 四本松村 17 鍛冶頭 1 素人役 61,2 馬生村 1 塗師頭 1 本役 21
下垂町
7 大工町 6
浜松市史 ニ
(下垂)
下垂 下垂口(しもだれ)(霜垂口) 瓦門の北で、古城の南より
下垂町
(現在尾張町)へ出る。
浜松市史 ニ
(戸口の増減)
大工町・紺屋町が加わり七か町となり、また五十軒未満が旅籠町・塩町・成子坂町・七軒町・神明町・早馬町・
下垂町
,また、二十五軒以上の増加は、御役六町では塩町があるばかりでその他は七軒町・板屋町・新町・早馬町・
下垂町
浜松市史 三
(印刷師)
印刷師 印刷師 浅川行篤(士族、浜松池町)・山下忠順(士族、浜松
下垂町
)があった(「松坂春英雑記」『
浜松市史 ニ
(【桶師】)
桶師頭神明町源六の先祖がうけていたことから「除地屋敷 一軒、配下屋敷 神明町二軒・紺屋町三軒・早馬町一軒・
下垂町
六軒
浜松市史 三
(立憲帝政党 自由党 改進党 浜松政界の基盤)
・木村安次郎(元魚町)・金原吉十郎(鍛冶町)・田中五郎七(田町)・市川庄次郎(板屋町)・山田和三郎(
下垂町
,士族 山崎金重】その中心勢力は山崎金重(城内)・岡田安貞(後道)・伊藤脩忠(名残士族町)・加瀬頼正(
下垂町
浜松市史 ニ
(横町)
ともいう)・北小路、利町に五社大門通・諏訪大門通、紺屋町に袋(ふくろ)小路(袋町ともいう)、その他早馬町・
下垂町
浜松市史 ニ
(町幅)
三間は旅籠町・田町・七軒町・上新町・
下垂町
、三間未満は肴町・成子坂町・早馬町・鍛冶町・平田町・本魚町・
浜松市史 三
(浜松の学区)
このとき支枝は新町・
下垂町
・成子町等に設けられたというが定かでなく、本校となったのが一番の浜松最初の小学校
浜松市史 ニ
(禅統)
禅統 十二代禅統は浜松
下垂町
(当市尾張町)元目甚七の三男、幼時から書画に秀で天童と称せられた。
浜松市史 ニ
(曹洞宗)
真道山大聖寺誌』)・大安寺(肴町)・宗安寺(高町、菩提寺の西、城主太田氏・青山氏の菩提寺という、廃寺)・昌安寺(
下垂町
浜松市史 ニ
(町名の変化)
おそらく尾張町は
下垂町
に榎町は紺屋町に、宝暦九年以前において合併されたのであろう。
浜松市史 ニ
(真宗)
芳蘚寺(
下垂町
、現在池町)もとは天台宗だったという。
浜松市史 ニ
(町屋)
下垂町
(しもだれちょう)・平田町(なめだちょう)・清水町(しみずまち)
下垂町
は水のしたたれであろうし
浜松市史 三
(大きな町)
大きな町 百戸以上の町人町には伝馬町・田町・肴町・板屋町・新町・紺屋町があったが、この時代になると
下垂町
,23 1 114 13 早馬町 1 48 49 1 1 8 8 6 2 24 48 14
下垂町
浜松市史 三
(浜松の仮戸長と管轄地)
・平田町・平田村 一市川吉平 七百四十九軒 田町・肴町・後道新地・鍛冶町・板屋町・新町・早馬町・
下垂町
浜松市史 三
(浜松医学校新設)
中川澪忠・富田玄仙(浜松塩町)・木村質文(浜松
下垂町
)・宮下歓哉・久野貞三(浜松伝馬町)・宮崎保之・渡辺謹弥
浜松市史 ニ
(町の景観)
田町・池町・
下垂町
(しもだれちょう)や平田町(なめだちょう)の名は、このような低地に発達した町の沿革を
浜松市史 ニ
(無役町の人足割)
紺屋町 12 下新町 20 成子坂町 4 利町 6 名残町 8 鍛冶町 9 池町 4 神明町 6
下垂町
浜松市史 三
(活版印刷)
志学抄経』(嘉永二年版)を印刻した山崎十左衛門、明治の初期に旅籠町開明堂鞍智逸平、池町士族浅川行篤、
下垂町
士族山下忠順
浜松市史 ニ
(水の手)
【新川】なお外濠の水は二つの細流となって、一つは
下垂町
・池町・田町(いずれも低湿地)方面へ、他は神明町
浜松市史 三
(各町消防組 連合消防組)
同年十月に新町・田町・肴町・連尺町・伝馬町・塩町・成子町・七軒町上新町・紺屋町・利町・大工町・元魚町・
下垂町
浜松市史 ニ
(開帳)
また七軒町普大寺不動尊では享保九年、
下垂町
明光寺は享保十三年(『旅籠町平右衛門記録』)、寺嶋村大聖寺は
浜松市史 三
(横町通)
【池町 利町】しかし同じ横町でも池町や
下垂町
は職人町で、傘屋(二〇戸)左官(九戸)桶屋(八戸)や古着屋
浜松市史 三
(浜松三戸長役場)
戸長久保田轍 【浜松東部】田町外六ケ町村戸長役場 浜松田町 浜松板屋町 浜松新町 浜松池町 浜松
下垂町
浜松市史 三
(寺島村 和地山)
597 9 1 6 浜松新町 143 549 5 8 1 浜松早馬町 52 193 1 4 1 浜松
下垂町
浜松市史 三
(連合制の発達 浜松宿二十六か町村連合会 地方自治制の出発 浜松宿議会)
神明町) 武田勘平 本田五十司 (名残町) ●山崎金重 松下安平 (紺屋町) ●岡田安貞 山田和三郎 (
下垂町
浜松市史 ニ
(禅宗)
薬師 富屋敷 下中嶋 下前嶋 笹ケ瀬(末寺26寺) 西来院● 高町 早出 上嶋細嶋 天林寺● 肴町
下垂町
浜松市史 ニ
(領主の保護)
#160; 2
下垂町
,宝暦年間の紺屋役の町別は明らかではないが、文政元年紺屋町に頭屋数1、役屋数23、
下垂町
に役屋数2軒あった
浜松市史 ニ
(東海道往還通)
180 13 早馬町 61 8 13 8 1 北41 2.3 有 馬 火 茶 南48 14
下垂町
浜松市史 三
(廃寺と合併 上知令)
万戒寺 平田 明治以前 曹洞宗 宗安寺(天林寺末) 高町 明治6年 昌安寺(天林寺末)
下垂町
浜松市史 三
(中心街板屋町 問屋街の形成)
16.7 早馬町 49 0 1 1 1 3 3 6.1
下垂町
浜松市史 ニ
(各町の夫役)
#160; 二の丸会所火事 延宝 8.10.25 (1680) 天神町火事 貞享 3.2 (1686)
下垂町
年行事屋敷火事
浜松市史 三
(学区制)
浜松分器 仝早馬 仝早馬町 10番 471 浜松百軒長屋 仝元目 11番 507 浜松
下垂町
浜松中心街の今昔:わがまち文化誌
(浜松市立中部公民館『浜松中心街の今昔:わが町文化誌』 目次)
肴町の狐(肴 町) 183 ○ うばが橋(田 町) 184 ○ 田町のたぬき屋敷 188 ○
下垂町
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