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浜松市史 ニ
(問屋場)
問屋場
問屋場
は伝馬町中番所のかたわらにあった。 ,21700坪 問屋給米 7石 継飛脚給米 42石3斗7升 天竜川渡船入用 7石9升4合 宿高札場 1か所
問屋場
/
問屋場
浜松市史 ニ
(問屋場と問屋役人)
問屋場
と問屋役人 天保年間における
問屋場
は一軒であるがこれには経緯があった。,したがって中期の
問屋場
と比べると、すこぶる趣を異にしていた。 ,旅籠町勘左衛門は宿役人として文化二年(一八〇五)より
問屋場
に勤務し、人馬指半勤・人馬指本勤・書役勘定
問屋場
年寄,【
問屋場
の任務】
問屋場
は宿駅の中枢的機能である人馬継立の重要事務を実際に処理してゆく場所であり、中期では,なお
問屋場
には諸印鑑・旧記・諸帳面が保管されていた(『旅籠町杉浦日記』)。 /
問屋場
と問屋役人
浜松市史 ニ
(藍の移入)
舞坂宿の
問屋場
の記録「永代控」によると、天保十五年から嘉永四年までの八年間に入野村又兵衛は八十二駄、志都呂村治右衛門
浜松市史 ニ
(助郷村との紛争)
このように浜松宿が困窮し、通行の多い時など、
問屋場
には馬が一匹も残っておらず、から明きになることがしばしばあった
浜松市史 ニ
(無役町の人足割)
そのために宿の
問屋場
に近接した町が指定されている。右表はその割当てを示したものである。
浜松市史 ニ
(水車の企業化)
入野村・志都呂村にも牧田家と同じように商業に従事する農家が弘化ごろから幕末へかけて続出した(「舞坂宿
問屋場
永代控
浜松市史 ニ
(肴町と歩役)
三分一 旅籠町 〃 二七軒 右の割合で、伝馬役・人足役を半月替りで
問屋場
浜松市史 ニ
(議定内容)
第十に一般農民が人足として
問屋場
に弁当をもって詰めておれば、荷物を運ばなくてもそれだけで歩合の銭をくれること
浜松市史 ニ
(触書要旨)
(11)
問屋場
の人馬ともに目ざわりにならないよう役人たちは厳重に注意すること。
浜松市史 ニ
(各町の夫役)
夜は暗かったので、町通りの枢要な個所、たとえば、連尺町の高札場とか伝馬町の
問屋場
付近、神明坂下・紺屋坂下
とみつか:わが町文化誌
(浜松市立冨塚公民館『とみつか:わが町文化誌』 目次)
と衰退) 130 (一)江戸時代の水車産業 132 【青山御領分絵図 銀蔵 青木製油所 舞阪宿
問屋場
解説「浜松城絵図と城下絵図」
(解説「浜松城絵図と城下絵図」)
浜松宿の中枢施設であり、東海道を往来する人や荷物の継送りを手配した
問屋場
である。
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