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浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

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浜松市史 三 (駅前広場 大安寺新道 踏切 地下道)

駅前広場 大安寺新道 踏切 地下道 これらの新設道路はいずれも旧来の道路に対し道幅が広く、ことに駅前,このほかに肴町大安寺下から田町の玄忠寺裏を経て新川へ架けた橋を渡り前記の板屋町新道へ出る道路(本章第一節第二項参照 / 駅前広場 大安寺新道 踏切 地下道
浜松市史 四 (神社の統合 墓地の移転)

肴町の大安寺の墓地は寺院の南側にあり広大な面積を占めており、旭町の法雲寺の墓地は浜松駅前の一等地に大安寺以上,大安寺の墓地は昭和二十六年度に、法雲寺の墓地は同二十七年度にそれぞれ中沢墓園に移転し、跡地は道路や住宅
浜松市史 ニ (開帳)

たとえば、肴町大安寺は十七年ごと、板屋町大聖寺は二十五年ごと、海老塚村大厳寺(いま当市成子町)は二十一年,(表)鴨江寺開帳寺院一覧表 所在地 寺院名 開帳本尊名 肴町 大安寺 観世音菩薩 鴨江 快真寺 地蔵尊,正楽寺 十一面観音 伊場 長福寺 大日如来 紺屋町 心造寺 阿弥陀如来 本魚 蓮光院 阿弥陀如来 肴町 大安寺
浜松市史 三 (忘れられていく地名)

【坂】前記の曳馬坂をはじめ神明坂・成子(なるこ)坂・大安寺坂・合羽(かっぱ)坂(児童会館前の坂)のような,大工町若宮八幡社前)・松尾小路・稲荷小路(分器稲荷へ通ずる)・五右衛門(ごえもん)小路(神明坂の下より大安寺坂下
浜松市史 ニ (曹洞宗)

曹洞宗 天林寺末として南能庵(板屋町、明治十六年大聖寺と改称、那賀山乙巳文『真道山大聖寺誌』)・大安寺
浜松市史 三 (明治初期の凧揚げ)

合いを始めるといった程度のものであったが、凧を揚げる町がふえてくると共同の広い地がもとめられ、田町の大安寺下
浜松市史 三 (牛乳業)

明治の末期となると同業者も増し、三十八年五月には同業者有志の共同販売所が大安寺下へできた。
浜松市史 ニ (水の手)

となって、一つは下垂町・池町・田町(いずれも低湿地)方面へ、他は神明町(しんめいちょう)の神明坂下から肴町大安寺坂下方面
浜松市史 四 ([罹災した寺院])

心造寺(紺屋町)、蓮華寺(紺屋町)、正福寺(高町)、菩提寺(三組町)、齢松寺(元城町)、芳蘚寺(池町)、大安寺
浜松市史 ニ (本末制度の進行)

しょうおう)二年(一六五三)西鴨江村花学院馬頭観音堂再建、寛文(かんぶん)二年(一六六二)肴(さかな)町大安寺創建
浜松市史 三 (年中行事)

七月 一日(市制記念日) 十三、十四、十五日(盆祭、宗円堂大念仏) 二十三、二十四日(玄忠寺・教興寺・大安寺
浜松市史 四 ([有楽街と浜松座通りの発展])

こうしたことから、昭和二十三年の暮れになって、肴町の大安寺下、鍛冶町の新小路、田町の西区の三カ町は連合
浜松市史 三 (明治二十九年度)

【堀留編入】明治三十年度 家屋割税賦課徴収の件、板屋南裏新道及び肴大安寺新道の開設、利(とぎ)元病院敷地
浜松市史 ニ (巡礼)

31 板屋町 南能庵 75 中野町 松林寺 32 七軒町 普大寺 76 万斛村 甘露寺 33 肴町 大安寺
浜松市史 五 (墓地)

は大正十三年に火葬場の開設とともに開園したもので、戦後に戦災復興事業で寺院や墓地の移転が行われた際に大安寺
浜松市史 五 ([商店街の美しい街路])

酉の市で有名な大安寺前の通りは名称をしにせ通り大安路とし、中心商業地活性化事業で石畳風の舗装となった。
浜松市史 ニ (各町の夫役)

4.12.12 (1847) 紺屋町より出火榎町・神明・田町・連尺・肴町・伝馬町後道におよぶ火元清水屋大安寺焼失
浜松中心街の今昔:わがまち文化誌 (浜松市立中部公民館『浜松中心街の今昔:わが町文化誌』 目次)

九月 十五夜 秋の彼岸】 122 【十月 神様のお立ち 十三夜】 123 【十一月 酉の市 肴町 大安寺,紺屋町 西郷局 鉄灯篭】 212 【蓮華寺 紺屋町 鳥井四郎左衛門忠広 松尾芭蕉 句碑】 213 【大安寺
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