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浜松市史 三
(天神町村)
天神町
村
天神町
村は町村制施行によって上中島・馬込・福地・塚越・名切・馬領家・向宿・佐藤一色の八か村,大正五年五月一日大字馬込の一部(俗称北馬込、戸数二三九、人口八三六)が浜松市に編入され、十年四月一日大字の
天神町
,・上中島・向宿・馬込の一部(俗称木戸)・福地・塚越・佐藤一色・名切・馬領家の各字が浜松市へ編入され、
天神町
村 /
天神町
村
浜松市史 ニ
(大雄庵開創)
大雄庵開創 石窓が大雄庵を創めたのは、延宝四年(一六七六)で、当時
天神町
村(当市
天神町
)に妙見菩薩の,
天神町
村は石窓の生まれた将監名村にとなりあっている。,将監名村では石窓の兄磯部三郎右衛門をはじめ同村の磯部忠三郎父子・同姓伊兵衛一家、地元の
天神町
村庄屋惣太郎,石窓像(浜松市
天神町
大雄寺)
浜松市史 三
(蒲村)
5.5.1 曳馬村のうち 高林の一部 野口 八幡 下池川 船越一色 中沢 上池川 3 〃10.4.1
天神町
村,のうち 馬込(北馬込)
天神町
村
天神町
上中島 向宿 馬込(木戸) 福地 塚越 佐藤一色 名切 馬領家
浜松市史 三
(浜松地方報徳社)
18年1月 半田社 浜名郡積志村 16 18年2月 下石田社 浜名郡天王村 25 〃 馬領家社 浜名郡
天神町
村,7 〃 積志社 浜名郡積志村 20 18年6月
天神町
社 浜名郡
天神町
村 34 19年1月 入野社,月 曳馬社 浜名郡曳馬村 5 25年7月 将監名社 浜名郡蒲村 17 26年3月 佐藤一色社 浜名郡
天神町
村,報徳遠譲社第六分社和地社 浜名郡和地村 45 28年7月 鼠野社 浜名郡芳川村 32 28年10月 相生社 浜名郡
天神町
村,年3月 小松社 浜名郡小野口村 28 〃 共救社 浜名郡神久呂村 40 31年11月 勧農社 浜名郡
天神町
村
浜松市史 三
([農業地域の都市化])
1 大正元.10 富塚村一部 2 〃5.5 曳馬村
天神町
村一部, 3 〃10.4
天神町
村 4 昭和11.2
浜松市史 三
(須山式 池谷式 鈴木式)
小豊田といわれ、池谷七蔵は明治三十八年四月
天神町
村馬込に日本織機株式会社を起している(同四十四年解散),鈴木道雄(浜松菅原町今村幸太郎の弟子)は明治四十二年
天神町
村中島新田に鈴木式織機製作所を創立し、大正九年株式組織
浜松市史 ニ
(大雄庵の法系)
【長福寺 慈雲寺】このうち碧潭(和算と弓道に秀でたという)は
天神町
村(当市
天神町
)細井氏の出(吉田屋松本氏,大雄寺漢門(浜松市
天神町
大雄寺)
浜松市史 ニ
(立場)
東海道筋の浜松付近には、【
天神町
安間】浜松宿から天竜川までの間に立場は二か所で、一つは浜松宿から十九丁,へだてた向宿村地内
天神町
、他は浜松宿から一里十五丁ほどはなれた薬師新田地内安間(当市安間町)にあった。
輝くいなほはたの音:わが町文化誌
(浜松市立東部公民館『輝くいなほはたの音:わが町文化誌』 目次)
70 【近代工業のおこり 織物 鈴木式織機製作所 帝国製帽株式会社】 71 【移り変わる町村制度
天神町
村,み】 118 【農家の食べもの 食事】 119 【お庚申様】 121 二 下町のくらし 【
天神町
,】 130 【消防組と火の見やぐら 第7分団
天神町
】 132 【秋葉燈ろうの御利益】 134, 歌舞伎】 144 【諏訪神社の祭り 中島町】 145 【大雄庵のチンチンドンドン 精霊まつり
天神町
,【小山みい-遠州織物の恩人-】 182 第五章 思い出 187 一 街道と乗り物 【
天神町
浜松市史 ニ
(浜松滞在)
【引馬野 天竜川】このとき
天神町
村(当市
天神町
)より馬乗して浜松宿に入り十六日は引馬野(三方原)を見学
浜松市史 三
(無集配郵便局)
これは三十四年から三十五年へかけて田町・菅原・龍禅寺・
天神町
の四か所、その後高町・連尺などと浜松郵便局
浜松市史 三
(水利組合)
とほぼ前後して発達し、下飯田用水に関係のある飯田・芳川(ほうがわ)・河輪・五島の四か村組合(三十二年)、
天神町
浜松市史 ニ
(親村と枝村)
笠井 笠井新田 寺嶋 打上・寺嶋新田 美薗 油一色 木舟 木舟新田 内野 小嶋 万斛 橋爪 向嶋
天神町
浜松市史 三
(笠井街道)
【三十三年】そこで明治三十年関係町村が組合会を設置し工費を負担し、路線も東海道
天神町
を経て大蒲より左折
浜松市史 三
(創業年代)
またこれを村別にみると①東北部地域の北浜村・積志村②東南部の
天神町
村・曳馬村・飯田村・蒲村③西南部の可美村,0 中ノ町村 1 2 3 曳馬村 1 1 1 4 4 11 三方原村 0
天神町
村
浜松市史 三
(市営バスの誕生)
されていたが、七年中村陸平市長時代に入るとようやく機運が熟し、市営乗合自動車事業(伊場・船越線、師範学校・
天神町
線,名残 追分 下池川 野口 浜松駅 (相互循環) 7.9 158 東廻線 浜松駅 龍禅寺 北寺島 向宿
天神町
浜松市史 三
(染色業者分布)
大正十五年調)、浜松市には染色業者数八十九、そのうち馬込二十・船越十一・菅原十・田六・板屋五・佐藤一色四・
天神町
三
浜松市史 三
(遊廓 検番)
旅籠・伝馬から鴨江に移転の二葉遊廓、また市の中央部の千歳町(後道)や肴町をはじめ、市の東部工業地帯の
天神町
方面
浜松市史 ニ
(浜松の黄檗宗)
浜松の黄檗宗 浜松と黄檗宗との法縁は、大雄庵(だいおうあん)(当市
天神町
大雄寺)を開いた石窓によってはじまる
浜松市史 三
(硫化染料の導入)
を招くと、遠江織物同業組合は日本形染株式会社と協議し、静岡県工業試験場浜松分場(明治三十九年に浜名郡
天神町
村馬込
浜松市史 三
(販売業)
(表)販売業者表 町名 業者数 田 16 板屋 13 鍛冶 8 紺屋 5 新 5 佐藤一色 4
天神町
浜松市史 三
(専業化原因 織布業者の専業化)
専業化原因 織布業者の専業化 明治の初年に浜松東部の馬込川流域(
天神町
村が中心)に、家庭的な工場組織
浜松市史 三
(郷土教育)
近在の各町村では自町村の小学校に命じ町村史の編集に着手するところが多かった(浜松関係では、現在新津村・
天神町
村
浜松市史 三
([町村合併の進行])
こうして市は隣接する浜名郡の富塚村・
天神町
村・曳馬町・白脇村・蒲村の五町村を市へ編入し、昭和十四年十二月戸数三万二千三百四十一
浜松市史 三
(市民市長)
中村陸平は大正十年に新市域となった
天神町
村出身の市会議員であったが、望まれて市長に就任し「輸入市長」といわれた
浜松市史 三
(中ノ町線)
中ノ町線 ②中ノ町線 浜名郡
天神町
村馬込と同郡中ノ町村萱場間を結ぶ五・二キロメートルで軌幅二フィート
浜松市史 三
(浜松の二大工業地帯 東部工業地帯 南部工業地帯)
南部工業地帯 ここで、今までみてきたところを総合してみると、明治末期から大正へかけて①馬込川の東岸地帯(旧
天神町
村
浜松市史 三
(町制施行 敷知郡浜松町 大字制度)
十軒新田 細島新田 船越一色 上島(明24.6.11曳馬村と改称) 中沢 三方原村 三方原 中沢
天神町
村,
天神町
上中島 向宿 福地 馬込 佐藤一色 馬領家 塚越 名切(塚越・名切は長上郡より編入)
天神町
浜松市史 三
(公設消防組)
なお大正九年従来の二十六部制を廃止し、新たに六部を置き、十年
天神町
村の連合によってさらに一部を増した。
浜松市史 三
(士族の配置)
、明光寺)旅籠町(一軒)田町(一軒)肴町(四軒)愛宕(あたご)下(一軒)馬込村(一軒)舟越村(三軒)
天神町
浜松市史 三
(浜松電灯株式会社)
そして四十三年には点灯数六千九百五灯、供給区域も浜松町はもちろん
天神町
村・曳馬村・富塚村・浅場村とひろがり
浜松市史 三
(養鶏)
264 134 119 224 計 1556 1244 1233 1733 備考
天神町
村合併
浜松市史 三
(信行社)
【袴田五平】袴田五平(浜名郡曳馬村)・高村栄蔵(浜松板屋町)・平松実(
天神町
村中島)・鈴木犀十郎(浜松常盤町
浜松市史 三
(大字制度 新町名)
相生) 向宿・上中島の各一部 佐藤町 さとうまち 改称 佐藤一色 福地・馬込・船越一色の各一部
天神町
,てんじんまち
天神町
佐藤一色・向宿・福地の各一部 一部を福地町へ編入 (新栄) 佐藤一色の地籍,であるが
天神町
へ編入 福地町 ふくじまち 町をつける 福地 向宿・
天神町
の各一部 一部を佐藤・
天神町
の
浜松市史 三
(各町消防組 連合消防組)
【出初式】明治十五年には
天神町
・神明町・池町・平田町・板屋町・早馬町・鍛冶町の七組を加え二十一組となって
浜松市史 三
(第四回 市議員選)
(元城・上池川・下池川・浜松沢・松城・三組・和地山・両追分・名残・元名残・高) 第五区 定員二名(旧
天神町
村全部
浜松市史 三
(農業労働力)
1962 1886 1818 1884 5060 4922 4847 7102 備考 合併町村
天神町
村
浜松市史 三
(郷土研究出版物)
【川上秀治】また川上秀治(敷知郡
天神町
村上中島、現当市中島町生、当市名残町住)は『県居翁百五十年祭記録
浜松市史 三
(青物市場)
組合員は
天神町
・曳馬・蒲・和田・飯田・芳川・白脇・河輪・五島村に及んでいる)を組織し、円滑に運営が行なわれるようになった
浜松市史 三
(織物工場分布)
そして特に多く分布するのは馬込川東岸地帯(佐藤町・木戸町・中島町・船越町・馬込町・向宿町・
天神町
など)
浜松市史 ニ
(魚専売権の紛争)
また元文二年(一七三七)から享和元年(一八〇一)にいたるあいだに、和地・笠井・向宿・
天神町
・植松・福嶋
浜松市史 三
(報徳家)
【中村陸平】そのほかに⑨富田林太郎は都田村谷上、⑩杉浦勘三郎は領家、⑪中村陸平は
天神町
、⑫杉浦藤一郎は
浜松市史 三
(各種組合)
遠州輸出織物工業組合永久社ほか四社)・商業組合(遠州織物商業組合ほか一社)・産業組合(浜松信用組合・
天神町
信用組合
浜松市史 三
(羽二重 羽二重機業実習所)
そのため三十八年三月にいたり実習所を羽二重製造業松本幸太郎(
天神町
村)に譲渡し、羽二重生産の先駆的役割
浜松市史 三
(池谷七蔵)
【池谷式織機】七蔵はまた織機の改良を依頼されたのを機として同社を退き、三十八年四月
天神町
村馬込に日本織機株式会社
浜松市史 三
(後任市長紛争 六代市長)
於て、自治会は鈴木幸作を、戊辰会は津倉亀作を互いに推薦して譲らず、また別に中村陸平(明治七年八月生、
天神町
住
浜松市史 三
(小学校の増加)
小学校増加図 ●明治 □大正(
天神町
村合併)
浜松市史 三
(浜松へ波及)
移出反対示咸 数百名 13日 磐田郡二俣町 鎌田米商に値下 数百名 14日 浜松市と 浜名郡
天神町
村,米商多数(
天神町
村三戸を含む)に値下, 金賃に寄付 米商の若干屋内侵入, 金貸金原宅放火未遂 出兵
浜松市史 ニ
(浜松宿内と周辺の私塾寺子屋)
20~30人 真言院皓賢 鴨江 〃 140人内外 岡部与三郎 伊場 〃 30~40人 大雄庵楚州
天神町
浜松市史 三
(若者組の復活 青年会運動 浜名郡青年同志会 浜名郡青年会)
日露戦争がすむとその勝利の記念事業として浜松町・
天神町
村・浅場村・蒲村の有志によって浜名郡青年同志会が
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