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浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

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浜松市史 一 (弥生文化)

弥生文化 やがて弥生式土器が、ひろく西日本各地にも存在することが知られるようになってくると、弥生式土器,を使用したのは、縄文時代のあと来往した固有日本人であろうと考える説(鳥居竜蔵氏)や、弥生式土器の使われたのは,それは大正年代になってからのことで、このころから弥生式土器の研究が、個別的だった金属器の研究(銅鐸・銅剣,昭和にはいってからは、森本六爾氏の主宰する東京考古学会を中心として、弥生式土器の研究、青銅器の研究、原始農業
浜松市史 一 (天王遺跡 安養寺遺跡 和田町山ノ神遺跡)

この工事中、天王町に住む鷹森泰郎氏は、与進小学校西方一帯の水田からおびただしい弥生式土器が出土するのを,その後昭和三十四年(一九五九)三月になって、市野町安養寺付近でも弥生式土器が発見され一部発掘調査も行なわれた,また、現在浜松合同青果市場のある北側あたりでも、弥生式土器が発見されている。
浜松市史 一 (弁天島遺跡)

天野氏の採集品中には、中期から後期にいたる弥生式土器と、土師器・須恵器・土錘・木製品などがあって長期にわたる,その中で中期弥生式土器のおもなものの拓影を第18図10~17に示した。,第18図 浜松付近出土の水神平式土器および前・中期弥生式土器       1~3  引佐郡三ヶ日町殿畑遺跡出土
浜松市史 一 (原始編)

浜松付近の水神平式土器出土遺跡と弥生時代中期遺跡  一五三 浜松付近出土の水神平式土器および前・中期弥生式土器, 一五八 伊場遺跡周辺の地形と地質図             一六二 伊場遺跡出土の弥生式土器              ,一六八 浜松付近の弥生時代後期遺跡と銅鐸出土地       一七二 浜松市内出土後期弥生式土器(都田中学校
浜松市史 一 (遠賀川式土器)

前期弥生文化を特徴づけるのは、遠賀川式土器と総称される弥生式土器である。,前期弥生式土器がとくに遠賀川式と呼ばれるのは、この種の土器が福岡県の遠賀川流域で注意され、それとほとんど
浜松市史 一 ([飯田遺跡群])

[飯田遺跡群] 飯田町の美輪潜竜氏は、昭和二十四年(一九四九)ごろから旧飯田村地内の各所から弥生式土器,その一部は飯田中学枚にも集められているが、昭和三十八年(一九六三)に新幹線工事中にも三か所以上から弥生式土器片
浜松市史 一 (櫛描文土器 東日本の弥生文化)

東日本の弥生式土器は縄文式土器の強い伝統をひいて縄文を施す弥生式土器という姿をとったが、しだいにその文様
浜松市史 一 (条痕文土器群 水神平式土器)

そしてなによりも注目される点は、水神平式土器には普遍的に少量の前期弥生式土器(遠賀川式土器)が、伴出することである,土器の形も弥生式土器の影響を強く受けている面が認められる。,それゆえ水神平式土器は弥生式土器の変種であると考える意見もあるが、きわめて変質しているとはいえ、ひとまず
浜松市史 一 (弥生町の式)

しかし、明治期においては、弥生式土器の名称はなお一般化していなかった。,それは当時、弥生式土器が石器時代に属し、弥生町の式とか弥生式という呼称は大森式とか陸平式と同じような意味
浜松市史 一 (遺跡の範囲)

ところが、その発掘地点の他になお弥生式土器の密集して発見された地点が、この近くに存在する。,伊場遺跡の調査報告書の中にも、発掘地点以外にも弥生式土器の発見される地点があり、遺跡の大きさは東西一キロメートル
浜松市史 一 (愛知県とのつながり)

愛知県とのつながり さて、これらの特徴の中で⑧は弥生式土器一般に通じてみられる特徴で、縄文土器との大,また、⑦は広く東海地方以東の東北日本弥生式土器に共通した特徴であるが、そのうち、台のつけ根に粘土紐を巻
浜松市史 一 (西日本の状態)

とくに晩期後半の時期には、随所に縄文文化らしからぬ要素が多くなり、その終末期には、前期初頭の弥生式土器
浜松市史 一 (古式土師器)

しかし弥生式土器から土師器への変遷は漸移的であって、一線を画すことはむずかしい。
浜松市史 一 (出土土器)

出土土器 長上遺跡群の出土品としては、弥生式土器が知られているにすぎない。
浜松市史 一 ([発見と調査])

その土器が弥生式土器であることを認めて、高柳氏はその出身であった国学院大学の考古学資料室へ報告した。
浜松市史 一 (原始編)

第四章 弥生時代   第一節 時代のあらまし             一四七        弥生式土器
浜松市史 一 (伊場遺跡出土の土器の特徴)

第20図 伊場遺跡出土の弥生式土器(1~21,Ⅰ式 22~29,Ⅱ式)(外山和夫氏実測)
浜松市史 一 ([集落跡])

この遺跡では弥生式土器も出土している。 ⑦三和町西之郷遺跡 須恵器(七世紀中葉ー後葉)。
浜松市史 一 ([吉影遺跡])

第22図 浜松市内出土後期弥生式土器           上段 都田町吉影出土(都田中学校蔵)
浜松市史 一 (土器)

形からみると、壺形と甕形と高坏形の三種に大別されるが、この三つの基本形態は、弥生式土器のいちじるしい形態分化
浜松市史 四 ([『伊場遺跡』の刊行])

艦砲弾の幾つかが市内の伊場の地に落下し、地下約二メートルの泥土を水田上に散乱させ、その中に含まれていた弥生式土器片
輝くいなほはたの音:わが町文化誌 (浜松市立東部公民館『輝くいなほはたの音:わが町文化誌』 目次)

日本最初の飛行機をつくった男-】 48 第二章  あゆみ 53 一 古代から近世へ 【弥生式土器
学びの里祈りの丘:わが町文化誌 (浜松市立県居公民館『学びの里祈りの丘:わが町文化誌』 目次)

浜松市立県居小学校 賀茂真淵】 70 【浜松市立鴨江小学校】 72 (二)中学校 【浜松市立西部中学校 弥生式土器
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