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浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

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浜松市史 四 ([浜松郵便局の新局舎])

[浜松郵便局の新局舎] 【浜松郵便局】  浜松郵便局の木造局舎は、築後わずか十年で老朽化し、床は沈 / [浜松郵便局の新局舎]
浜松市史 三 (浜松郵便電信局 浜松郵便局)

浜松郵便電信局 浜松郵便局 明治十九年に三等局として発足した浜松郵便局は、その後利用者の増加にともない,それでも手狭となるばかりなので、三十六年四月には浜松郵便局と改称し、翌三十七年十一月浜松町鍛冶一二二番地,(表)浜松郵便局郵便物取扱高 発信 配信 明治12年 73,799 92,551 〃20年 126,584,市野郵便局 〃39.3.23 芳川郵便局 〃45.6.21 郵便局と電信局位置図 浜松郵便局,(鍛冶所在当時) 落成式当日の浜松郵便局(大正4年4月) / 浜松郵便電信局 浜松郵便局
浜松市史 四 ([浜松郵便局・電話局・電報局])

[浜松郵便局・電話局・電報局] 【浜松郵便局 局舎の焼失 浜松郵便局 浜松電話局 浜松電報局】  ,浜松郵便局は昭和二十年(一九四五)六月十八日の空襲により、電話分室を除いて、本庁舎をはじめ局舎のほとんどを,戦後は市内の特定郵便局が十局以上も罹災したため、浜松郵便局の窓口が非常に混雑したので、利用者の便宜を図,なお、浜松郵便局は、昭和二十一年十月十日、焼失した局舎跡(旭町四五)に木造局舎の建設に着手し、二十二年三月十日,さらに、二十四年二月には浜松電信局(同年六月浜松電報局と改称)が出来て、浜松郵便局から電信業務が独立した / [浜松郵便局・電話局・電報局]
浜松市史 五 ([郵便業務の合理化])

[郵便業務の合理化] 【浜松郵便局】  平成二年十月、浜松郵便局の新局舎が完成し、同月二十九日から
浜松市史 三 (電話開通)

三十四年八月以来浜松商業会議所会頭名でしばしば電話業務開始申請が行なわれたが、ようやく四十年十月の許可となり、浜松郵便局,の建物の一部を改造し浜松郵便局分室として発足した。,その利用度は静岡を凌駕するにいたり、大正四年四月に新川沿いに木造二階建の磁石式直列複式交換機を設置した浜松郵便局第二号本館
浜松市史 五 ([郵便業務の増大と新局舎の建設])

[郵便業務の増大と新局舎の建設] 【浜松西郵便局】  浜松郵便局の業務量は年々増加し、昭和四十七年,といった最新機器を備え、昭和五十三年には同局の普通通常郵便引受・配達数は一日当たり約六万三千通となり、浜松郵便局,さらに、昭和五十九年八月に、浜松郵便局がビジネス郵便・国際ビジネス郵便の取り扱いを開始した。  
浜松市史 三 (無集配郵便局)

これは三十四年から三十五年へかけて田町・菅原・龍禅寺・天神町の四か所、その後高町・連尺などと浜松郵便局
浜松市史 三 (明治二十八年度)

浜松郵便局と電信局合設希望が議題となった。
浜松市史 三 (郵便役所 郵便局)

郵便役所 郵便局 この間、浜松郵便取扱所は明治六年七月に浜松郵便役所と改められ、八年一月には浜松郵便局
浜松市史 三 (職場句会 若葉)

富安風生の『若葉』に属する浜松郵便局内の浜松若葉会はその一例で、門下の松藤夏山の来浜を期として昭和七年春結成
浜松市史 三 (絵画 宮本甚七)

中村湖南、新津村米津の椿山門松本春山、内野の横田華外、竜池村の市川孤芳とその子芳逸、田中梅崖(音次郎、初代浜松郵便局長
浜松市史 三 (浜松商工会議所)

その間、商工相談所を開設したり浜松電話交換局・浜松郵便局・国鉄浜松駅の増改築とか昇格、国鉄浜松南口駅の
浜松市史 四 ([電電公社発足])

こうしたなか、浜松電報局は二十九年九月に新局舎(板屋町百十三の一)を建設、浜松郵便局内から移転して、独自
浜松市史 四 ([行政機関の復興])

  【浜松郵便局】  なお、浜松郵便局は昭和二十二年三月十日に焼け跡に新築された木造二階建
浜松市史 三 (労働運動)

浜松駅運送組合仲仕100名 正月三か日公休要求 9 1.20  日本楽器ハモニカ部80名 賃上要求スト 8.6  浜松郵便局集配人
浜松市史 四 ([労働組合の結成])

[労働組合の結成] 【労働組合 日本楽器天竜工場 浜松労働組合準備会 中部配電 浜松工機部 浜松郵便局,中堅企業としては三月から四月にかけて須山織機、渥美鉄工所、不二化学工業などに、公務員関係では二月に浜松郵便局
浜松市史 四 ([野球の流行])

昭和二十二年の浜松郵便局主催の逓信記念選抜軟式野球大会になんと八十六チームが参加して熱戦を繰り広げた。
浜松市史 四 (山根七郎治)

山根は明治二十七年に東京に生まれたが、父の浜松郵便局長勤務に伴い浜松に移住、県立浜松中学校(現浜松北高校
浜松市史 三 (目次)

玄関口           新しい乗物           天竜橋と浜名橋           浜松郵便局,自転車の普及    第四項 通信機関                    二七二        浜松郵便局
浜松市史 三 (写真・図版目次)

                         二七一 郵便局と電信局位置図                    二七二 浜松郵便局,(鍛冶所在当時)       (村越喜平氏提供) 二七三 落成式当日の浜松郵便局(大正四年四月)           
浜松市史 五 ([戦災と市民の木])

木はまず昭和四十二年、地下横断歩道工事のためにすぐ近くの新川公園(現浜松郵便局の西側)に移され、次いで
浜松市史 五 ([住居表示の実施])

浜松郵便局では新住居表示に伴い、新表示を知らせるはがき二十枚を対象全世帯に配布し、市でも変更手続きの指導
浜松市史 三 (六月十八日の大被害 全市火の海 見渡すかぎりの焦土 公式発表 米軍記録)

遠州病院  浜松裁判所  積善会  浜松刑務所  その他罹災病院 64  浜松税務署 工場・事務所  浜松郵便局
浜松市史 四 ([教育委員会])

九月二十日には浜松郵便局前で「教育委員会にどんな人を選ぶべきか」というNHKの街頭録音が開かれたが、これには
浜松市史 四 ([都市計画事業の推進])

この道幅は現在と同じ、これよりわずか前の三月十五日には鉄筋四階建ての浜松郵便局の局舎が新川の東に竣工し
浜松市史 四 (目次)

の立案と整備   第七項 郵便、電信と電話                三〇〇        浜松郵便局,       共電式の限界と自動化        浜松―東京間の手動即時通話        浜松郵便局
浜松市史 四 ([メーデーの復活と争議の激化])

昭和二十一年には浜松鉄道の遠州鉄道への合併に伴う争議、二十二年には全逓信従業員組合の浜松郵便局や浜松電話局
浜松市史 四 ([現代総説(上)])

戦災で焼失した浜松郵便局の木造の新局舎が完成したのは、昭和二十二年三月のことであった。
浜松中心街の今昔:わがまち文化誌 (浜松市立中部公民館『浜松中心街の今昔:わが町文化誌』 目次)

【八幡地 八幡宮 法雲寺】 366 【酉の市 花まつり 駅前旅館 大米屋 花屋】 367 【浜松郵便局
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