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浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

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浜松市史 ニ (浜松の諏訪社)

浜松の諏訪社 延宝三年(一六七五)の諏訪社の棟札(『浜松市史史料編二』)に、同社の遷座についてつぎのように,慶長のころまではここに五社・諏訪社はなかった―五社が浜松城内からこのあたりにうつされたのは浜松城普請の / 浜松の諏訪社
浜松市史 ニ ([神社の建築物と庭園])

[神社の建築物と庭園] 【五社 諏訪社】浜松地方の代表的な建造物に五社・諏訪社(当市利町)があげられる,まさりの五社や諏訪」「石になりたや浜松石に五社のお前(まえ)の切石に」とむかし俗謡にうたわれた五社・諏訪社,この五社・諏訪社も竣工以来たびたび修復されて維持してきたが、本殿(五社神社の本殿は大正三年に特別保護建造物
浜松市史 ニ (報国隊の結成)

【諏訪社】十六、七の両日浜松諏訪社に来会したものは七、八十名に達した(『山本大隅日記』)。,浜松北部引佐郡方面は二月十八日廻状をまわし、二十一日までに諏訪社へ出頭するよう命じた。
浜松市史 ニ (諏訪信仰と天竜川)

諏訪信仰と天竜川 つぎに豊田郡から長上郡へかけて諏訪社の多いのが目立っている。,享保四年(一七一九)の国領組五十三か村をみても、諏訪社(諏訪大明神と称えている)の数は八幡社関係の神社
浜松市史 ニ (警備出動)

【諏訪社】西遠の隊員は即日にして屯所の諏訪社に集結をはじめた。
浜松市史 ニ (中村安連)

中村安連 (4)中村安連(やすつら) 安連は天和元年将監名村(当市将監町)に生まれ、浜松諏訪社の下神主
浜松市史 ニ (出兵準備)

出兵準備 【杉浦大学】浜松井上藩はかくして先鋒総督および倒幕軍を迎えるための準備にとりかかり、浜松諏訪社
浜松市史 ニ ([幕末における遠江国学])

大学は京都の公家(くげ)中納言甘露路愛長の次男で、縁故のある浜松諏訪社杉浦比隈満の養子となった。,【桑原真清 有賀豊秋】会場は主に遠州国学発祥の地といわれる、諏訪社の杉浦家であったが、ここに集まるものは
浜松市史 ニ ([弓術])

浜松地方では利町の諏訪社・鴨江寺・竜禅寺・頭陀寺・賀久留神社・蒲神明宮・末嶋の御嶽神社・笠井の若倭神社,以上のほかに調査もれの分もかなりあると推察されるが、賀久留神社では延享三年(一七四六)以前、鴨江寺・諏訪社,[金的中]第一図 第二図 社寺名 額の数   印西派 雪荷派 不明 小計 浜松諏訪社,10   28 15 10 53 寺社名 賀久留神社 大歳神社 白華寺 鴨江観音 浜松諏訪社
浜松市史 ニ (城下の寺社地)

その外、寺社の配置については格別の特色をみとめがたいが、浜松城主に関係の深かった利町の五社と諏訪社について
浜松市史 ニ (杉浦国頭)

幼名を忠成といい、諏訪社の社家杉浦家を継ぎ、大学と称した。,信定以来代々諏訪社の大祝となり、国頭はその六代目である。
浜松市史 ニ (春満の学風)

【遠江と国頭】この春満の学風をさらに推進させ、遠江国学の始祖となったのは、浜松諏訪社の大祝(おおはふり
浜松市史 ニ (国頭と尽敬会)

また崇道尽敬皇帝の祠を諏訪社の境内に勧請し、神官らを集めて書紀を会読し、これを尽敬会と名づけた(『古学始祖略年譜
浜松市史 ニ (神主隊指示事項)

【五社 諏訪社】(3)溜場は五社・諏訪両社であって、到着の際は手札をもって月番に届け出ること。
浜松市史 ニ (森暉昌)

森暉昌 諏訪社の大祝杉浦国頭とならび称せられる五社明神の神官森暉昌(もりてるまさ)は、国頭と同様に社殿修造
浜松市史 ニ (招魂社と上京隊員)

招魂社と上京隊員 赤心・報国両隊員の正式採用は、まず七月八日に浜松諏訪社の杉浦大学・伊平村の神主宮田重郎左衛門
浜松市史 ニ (国頭と春満)

国頭と春満 浜松の五社と、その南隣に鎮座した諏訪社とは、江戸幕府のはじめから徳川氏の崇敬が厚く、それぞれ
浜松市史 ニ (杉浦菅満)

杉浦菅満 菅満は国満の長男で、明和三年二十二歳のとき父の職を継いで諏訪社の大祝に補せられた。
浜松市史 ニ (路傍の神々)

都田村の『神社明細帳』(年代不詳)によると、同村には天神社・稲荷社・金山社・山神社・諏訪社・社宮社・力神堂
浜松市史 ニ (杉浦国満)

元文五年国頭が没したので、国満は大祝に補せられて諏訪社の神官となり、また寛保元年十月には従五位下に叙せられ
浜松市史 ニ ([真渕の勉学])

[真渕の勉学] 【国頭と真崎】真渕は諏訪社の大祝国頭の妻真崎に手習をうけた。
浜松市史 ニ (藩論決定と遠州神主層)

尾藩勤王誘引係は、浜松諏訪社大祝杉浦大学・中村源左衛門を呼んで、「士農工商を論ぜず説得すべし」と勤王誘引
馬込川が流れるまち:曳馬地区わが町文化誌 (浜松市立曳馬公民館『馬込川が流れるまち:曳馬地区わが町文化誌』 目次)

敷智郡上嶋村御墨印御除高御帳面】 91 八 庄屋さま 【独礼庄屋】 92 九 内藤信朗について 【浜松諏訪社
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