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浜松市史 三
(角見山)
角見山 力士には幕末に青屋村(当市青谷町)出身の袖ヶ浦宇平があり、明治には角見山(本名杉浦誠平、
飯田村
生,『
飯田村
史』)があった。身長五尺九寸、体重三十二貫。,江戸へ出て慶応元年幕内力士となったが、故郷
飯田村
(当市飯田町)へ帰り青年力士を養成し、駿遠三を巡行した
浜松市史 ニ
(検地帳名請人)
22 合計 32 45(三浦俊明「浜松藩領域の形成と宿駅助成金」『地方史料研究第98号』) 【下
飯田村
,】つぎに明暦(めいれき)二年の下
飯田村
(本田検地)の場合、分付筆数百十六の分付主は五名でその内訳は上表,下
飯田村
分付主名 筆数 分付主の特色 分付百姓数とその特色 善太 41 筆 主作地なし 3人 与平次-
浜松市史 三
(創業年代)
またこれを村別にみると①東北部地域の北浜村・積志村②東南部の天神町村・曳馬村・
飯田村
・蒲村③西南部の可美村,そのうちでも
飯田村
・篠原村・曳馬村・可美村(大正三年三月十日浅場村を可美村と改称)などは比較的先進村落,41~大正2 計 河輪村 0 五島村 1 4 5 芳川村 1 1 2
飯田村
浜松市史 一
([飯田遺跡群])
[飯田遺跡群] 飯田町の美輪潜竜氏は、昭和二十四年(一九四九)ごろから旧
飯田村
地内の各所から弥生式土器,こうして旧
飯田村
地内で確認されている遺跡は、飯田町開戸・醴・山寺野北・山寺野南(第21図11)・寺西(
浜松市史 三
(織田利三郎)
そのほか渡瀬寿翁(
飯田村
、又太郎)などがあった。
浜松市史 ニ
(新羅明神)
【飯田稲荷】また上
飯田村
の稲荷社は由緒が古いので知られている(「浜松関係文書集録」『浜松市史史料編三』
浜松市史 三
(報徳家)
④鈴木勝十郎(文久三年生)
飯田村
上飯田。
飯田村
報徳社々長。教員。明治二十二年同村々長。
浜松市史 一
(蒲御厨)
かばのみくりや)(伊勢神宮や賀茂神社の領地が御厨) 【安間郷】当市の東部地区旧蒲村・旧和田村・旧
飯田村
,【かんま 神立
飯田村
】天正十八年(一五九〇)十二月廿一日付増田(ましだ)長盛・長束(なつか)正家連署状,かんま神立」とあり、文禄弐年(一五九三)九月十一日付堀尾次郎介の社領寄進状には「遠州長かみの郡かんま之内
飯田村
,小松方郷 小松方村 14 西之郷 西之郷村 15 長鶴郷 長鶴村 16 竜光郷 竜光村 17 幡多郷 上
飯田村
,・下
飯田村
18 福増郷 福増村 19 大塚郷 西大塚村・東大塚村 20 新貝郷 新貝村 21 半場郷
浜松市史 ニ
(天竜川安間川流域)
この組合は近世浜松地方の用水組合の代表的なものと思われるので、その概要を『武藤家文書』(下
飯田村
庄屋五太夫家蔵用水始末録,この新用水路(新井)は半場村用水を竜光村井堰(安間川)水門の下へ落とし、これを下
飯田村
地先(水神といわれた,したがって用水源の半場村・竜光村に対する「弁米」(補償費)、取入口にあたる下
飯田村
の水難に対する「弁米,寛延三年下
飯田村
天竜川境目朱引絵図(浜松市飯田町 大杉繁男氏蔵) (表)文政2年井組高内訳表 (
浜松市史 ニ
(浜松宿内と周辺の私塾寺子屋)
飯田村
新貝(当市新貝町)に辻俊吉の開いた塾がある。,明治二十七年八十七歳で没した(『浜名郡
飯田村
郷土読本』)。
浜松市史 三
(蔬菜 園芸品 品種改良)
また品種改良も行なわれ、入野村竹村源助の源助大根、桂喜一郎(
飯田村
)の桂胡瓜などはその例である。
浜松市史 一
(蒲冠者範頼)
平治の乱(一一五九)ののち範頼は、浜名郡
飯田村
上飯田稲荷山(当市飯田町)に預けられた。
浜松市史 三
(静岡詩集)
静岡詩集 静岡県出身詩人四十一人のアンソロジーともいうべき『静岡詩集』(編集秋本敏夫、発行浜名郡
飯田村
鈴木致一
浜松市史 ニ
(無役村の人足割)
(表)無役村の人足割 無役村 人足 無役村 人足 漆嶋村 5 人 下
飯田村
8 人 欠下村 4
浜松市史 ニ
(追贈大碁会)
後初段 中泉村 青山宙平 後初段 保六島村 永井吉十 後初段 西伝寺村 西伝寺住職 下
飯田村
浜松市史 四
([第一航測連隊(通称中部百三十部隊)])
昭和二十年五月戦局が悪化すると、兵営での教育を断念し、教育や訓練の場を笠井町・山梨町(袋井市)・
飯田村
浜松市史 三
(加藤雪腸と浜松歌壇)
曠野社】結社の名は曠野社といい大正二年創立、加わるものに伊東紅緑天・法月紫星(歌客)・永田武之(浜名郡
飯田村
浜松市史 三
(蚕糸業組合 蚕業組合)
積志村 430 1301〃 曳馬村 ― 720〃 和田村 44 311〃 河輪村 210 1196〃
飯田村
浜松市史 三
(飛行機製作)
【福長浅雄】福長浅雄(浜名郡
飯田村
出身)によって福長飛行機研究所が天竜川の河原を飛行場(滑走路南北五〇〇
浜松市史 ニ
(調達金下命)
ついては借主には池川の天林寺・上飯田の竜泉寺・有玉の竜秀院・三島の神宮寺がなるが、質物としては有玉下村と上
飯田村
浜松市史 三
(敷知長上浜名郡役所 郡域変更)
半場村 北長十郎新田 長鶴村 北島村 青屋村 橋羽村 小松方村 名切村 西之郷村 庄屋村 西大塚村 上
飯田村
, 三郎五郎新田 新貝村 薬師村 領家村 塚越村 福島村 渡瀬村 三河島村 安間村 竜光村 下
飯田村
浜松市史 一
(夏の出水)
【
飯田村
】(5)享保十三年(一七二八)七月 大風雨、
飯田村
内堤切れ、寺島八幡地田地水浸、また田町・板屋町
浜松市史 ニ
(間野桂山)
間野桂山 【武藤五太夫】このうち間野桂山は浜松第一の碁客と推定され、武藤五太夫は下
飯田村
(当市下
飯田村
浜松市史 四
([国家地方警察浜名地区警察署])
管轄区域は積志村・北庄内村・篠原村・三方原村・豊西村・
飯田村
・芳川村・河輪村・五島村・長上村・南庄内村,、積志村有玉、 積志村、小野口村小松、小野口村小野口、長上村市野、 長上村天王、中瀬村、芳川村、
飯田村
浜松市史 三
(郷社 村社 浜松郷社)
位置 五社神社 1~1 浜松宿 八幡神社 1~2 八幡村 蒲神明宮 1~3 神立村 稲荷神社 1~4
飯田村
浜松市史 ニ
(【分付百姓の性格】)
上掲の下
飯田村
の場合にも二名連記が本田に三筆、新田に一筆あるが、二人の関係を明らかにすることができない
浜松市史 三
(茶業組合 共同組合)
(表)茶園反別表 (大正10年) 市町村名 茶園反別 浜松市 37町5反
飯田村
0.4 天王村
浜松市史 ニ
(天保十年知行地)
宮竹村 下村 永田村 橋羽村 薬師村 北嶋村 竜光村 長鶴村 青屋村 上
飯田村
,福増村 小松方村 別久村 次広村 渡瀬村 植松村 笠井村 名切村 塚越村 下
飯田村
浜松市史 一
(普済寺十三派)
透翁派 (透翁義能) 新豊院 遠州寺島村 (浜松市砂山町) 4 天磵派 (天磵義倫) 竜泉寺 遠州上
飯田村
浜松市史 四
([賠償指定工場の指定とその解除])
本社工場(浜松市中沢町)では進駐軍用の高級家具や楽器を製造し、また天竜工場(浜名郡
飯田村
)では、復興作業
浜松市史 三
(浜松地方報徳社)
有玉社 浜名郡積志村 147 19年6月 都盛社 浜名郡芳川村 156 21年11月 上飯田社 浜名郡
飯田村
浜松市史 三
(茶と繭)
125 (表)③大正10年茶園反別表 市町村名 茶園反別 町 反 浜松市 37.5
飯田村
浜松市史 ニ
(助郷の一本化)
安松村 205 西在所村 205 石原村 168 丸塚村 313 福増村 42 上新屋村 223 上
飯田村
輝くいなほはたの音:わが町文化誌
(浜松市立東部公民館『輝くいなほはたの音:わが町文化誌』 目次)
近代工業のおこり 織物 鈴木式織機製作所 帝国製帽株式会社】 71 【移り変わる町村制度 天神町村
飯田村
,江東・飯田地区罹災状況】 96 【敗戦と戦後のくらし 買い出し】 97 【爆弾の跡】 99 【
飯田村
浜松市史 三
(学区制)
東大塚村 三郎五郎新田 領家村 北長十郎新田 東金折村 三河島村 33番 523 金折村 下
飯田村
, 34番 693 上
飯田村
35番 537 青屋村 長鶴村 龍光村 半場村 36番
浜松市史 ニ
(巡礼)
37 白羽村 法蔵寺 81 向宿村 安全院 38 西大瀬村 東林寺 82 恒武村 妙光寺 39 上
飯田村
浜松市史 ニ
(元禄の野論)
塚越村 参地野村 恩地村 本郷村 弥十村 安松村 西之郷村 福升村 上
飯田村
,下
飯田村
金折村 古川村 石原村 西村 立野村 四本松村 下中嶋村 下前嶋村
浜松市史 四
([町村合併の推進])
△可美村 入野村 神久呂村 吉野村 三方原村 長上村 中ノ町村 和田村
飯田村
芳川村,
飯田村
は昭和二十九年五月二日に村民大会を開き浜松市への合併を決定、十二日に村長や村議会議長らが浜松市に,こうして昭和二十九年七月一日に浜名郡の芳川村・
飯田村
・吉野村・三方原村は浜松市に合併、人口は二十四万六千四百人余
浜松市史 四
([町村合併])
長上村も村内が分裂状態、これに対し合併に最も熱心なのは五島村で、
飯田村
も賛成の態度を取り、新津村は是々非々,1,511 五島村 2,665 1,335 1,330 芳川村 6,878 3,380 3,498
飯田村
浜松市史 三
(町制施行 敷知郡浜松町 大字制度)
蒲村 上新屋 丸塚 西塚 将監名 神立 植松 下 宮竹 大蒲 上西 (上之郷・西在所合併) 神立
飯田村
浜松市史 ニ
(検地の実施)
北嶋村 9 8 12 明暦2 下
飯田村
浜松市史 三
(学校工場 勤労令 授業停止)
KK 周智郡森町 3 40 共同印刷KK 〃犬居町 専攻 45 日本楽器天龍工場 浜名郡
飯田村
浜松市史 三
(遠州灘海岸平野 天竜川平野 三方原台地)
全村的に家がひずみ,屋根瓦落下壁脱落等の被害 東海道は横羽東方できれつ村道薬師にて1尺程陥没
飯田村
浜松市史 三
(浜松学校)
54 西大塚学校 西大塚村 寺院 男 1 男 75 有 3円余 5 女 0 女 25 上飯田学校 上
飯田村
浜松市史 四
(農地改革の成果)
212 601 126 1 127 126 515 97 2 614 154 97 26 ― 592
飯田村
浜松市史 四
(新生活運動)
昭和二十八年度の五地区の一つとして選ばれたのは浜名郡
飯田村
であった。
浜松市史 ニ
(写真・図版目次)
二五三 変 化 抄 (浜松市入野町 竹村梶代氏蔵) 二五四 寛延三年下
飯田村
天竜川境目朱引絵図
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