第一節で述べたように、無土器文化と縄文文化とは、まだ直接には結びつかない点が多い。しかし無土器時代最後の細石刃器文化と有舌尖頭器文化の中で、すでに土器が使われていること、有舌尖頭器文化の石器は、しだいに石鏃に近い形態を示すようになること、磨製石器も知られていることなどによって、両文化の連続性が確かめられつつある。したがって、縄文文化の起源は、細石刃器文化や有舌尖頭器文化の終末に接続していたといえよう。とすると、縄文文化のはじまりは、いまから一万年前という年代に接近していたことになるのである。しかし、この年代に関しては異論がある。一万年という年数のわりだしは、放射性炭素年代測定法(五五七〇年という放射性炭素の半減期を応用し、生物体が死滅してから以後の年数を測定する方法)に基づいているが、この測定法はいくつかの仮定(条件)の上に成立したものであるから、得られた年数がただちにその数だけの地球の公転を意味しないという立場である。したがって、あくまでも考古学的な立場で年代推定を行なうべきであり、そこからわりだされた縄文文化の起源は、せいぜい三千年前であるといわれている(山内清男・佐藤達夫「縄紋土器の古さ」『科学読売』第十四巻第十二号、山内清男他『日本原始美術』1)。縄文文化の起源の年代について、このように二つの説がわかれているために、いずれの立場にたつかによって、縄文文化の理解の仕方が大きく変わってくる。この問題の結着にはなおかなりの時間が必要である。