地域圏の成立

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 このように、蜆塚遺跡で使われた土器の特徴は、蜆塚だけに存在するものではなく、かなり広い範囲の地域に共通して認められるものなのである。本節のはじめに述べたように、蜆塚人の日常の生活舞台は、せいぜい半径数キロメートルの範囲であったと思われるのに、土器に示された顕著な共通性は、その枠をはるかに越えているのである。個々の集落での生活がまったく孤立していたのでは、こうした現象は生じないはずであるから、これだけ広い地域内で絶えず人と人との密接な連絡があったと考えねばならない。こうした土器に認められる共通性を基礎にして、地域圏を設定することができる。蜆塚遺跡を中心にその地域圏を示せば第14図のようになるだろう。

第14図 縄文時代後期後葉における地域圏と交易ルート