このように個々の集落の日常生活は、比較的孤立化していたと考えられるのに、広い地域圏としてまとまりを示すのは、その地域の住民たちの間に共通した意識あるいは観念が存在したからだと考えることができる。これを同族意識と呼んでいる。しかし、だからといってこんな広い地域の人々が、同じ血縁関係のもとにあるという意味での同族だということではない。それは、長い間、共同体的な生活をつづけているうちに、いつのまにか互いに同族であるかのような意識になっている状態をいうのである。擬制的な同族意識という方が正確ないい方かも知れない。そして同族意識は、言語に反映した場合、方言となって現われるから、上述の地域圏はまた方言の相違とも関連していたのではなかろうか。