長上遺跡群の出土品としては、弥生式土器が知られているにすぎない。第22図下段右が天王遺跡出土品で、同左が市野町安養寺遺跡の出土品である。伊場遺跡の土器と比較するとつぎの点が異なっている。①壺形土器の器形が円味をもっている。②櫛描文が、平行線帯に限られて波文や扇形文がない。③頸部に段状の凸帯をめぐらせその下に羽状の櫛目突刺文を施すものが別に共存する。この三点は、伊場式土器より新しい特徴で、後期の後半であることを示すものである。③は、その分布の本拠が天竜川以東の遠江地方にあって、縄文手法と櫛描文手法が混和して成立した文様手法とみられるが、①と②は、愛知県下で欠山式土器と呼ばれているものにきわめて近い特徴である。和田町山ノ神遺跡出土の土器も③の仲間に入るものである。