これに比べれば、『更級日記』の紀行は実に貴重である。この日記は、菅原孝標の娘が年とってからまとめあげたらしい自叙伝的な文学作品であるが、その冒頭に、父の上総(かずさ)介孝標とともに任国上総に下っていた彼女が、寛仁四年(一〇二〇)、十三歳の時、任期満ちて上京する父とともに、東海道を上った時の紀行文がある。この時の旅行は、悠長な時代でもあり、ことに彼女が途中で病気したせいもあるのか、実に四か月を費した長旅であったがこの紀行文は、東海道をほぼ一貫して記した奈良平安時代の文章として唯一の貴重な史料である。つぎにその遠江の部分を掲げよう。
更級日記 御物本 遠江の記事