以仁王の令旨

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 治承四年(一一八〇)四月、源頼政(よりまさ)(一一〇五-一一八〇)は、後白河法皇(ほうおう)の第二皇子以仁王(もちひとおう)(一一五一-一一八〇)をもりたてて、王の名前で平氏追討(ついとう)の令旨(りょうじ)(皇太子らの命令書)を諸国に送った。一か月もしてこのことが発覚し、王と頼政は追撃をうけて死亡し、平氏打倒の夢はきえさった。しかし以仁王の令旨は、諸国に伝えられ、また清盛も諸国の源氏を討つ計画を進めた。