浜松荘は大覚寺統

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 延慶元年(一三〇八)大覚寺統では後二条天皇がなくなると、後宇多上皇は、御領を尊治(たかはる)親王(のちの後醍醐天皇)に譲られた。
 弘安四年(一二八一)十二月、幕府は左衛門尉通茂を遠江飯田荘菅島・西俣・加保村などの地頭職にした(『集古文書』)。
 浜松荘のうち宇間郷の一町の年貢米は、平教時の娘の尼尊浄の所領となったが、これが永仁四年(一二九六)の『西大寺田畠目録』によると、奈良の西大寺に寄進されている。