有力守護の介入

539 ~ 539 / 706ページ
 有力な守護が幕政を大きく動かすようになると、彼らはほかの守護家の争いに介入し、自分の味方になる者を後援した。このため守護家の争いを複雑にし、ながびかせた。たとえば、信濃(長野県)の守護小笠原氏は、嘉吉(かきつ)二年(一四四二)いらい二派にわかれて争い、加賀(石川県)の守護富樫家(とがし)も将軍義政が調停しても兄弟の争いはやまなかった。