蔵田備中守供養塔 くらたびっちゅうのかみくようとう

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所在地 東広島市西条町寺家
年 代 室町時代 大永三年(1523)
形 状 花崗岩 高さ一一三cm ヨコ五〇cm タテ二〇cm
銘 文 蔵田備中守房信 (上部に円相がある)
   大永三年六月二十八日
概 要 蔵田備中守房信は西条を本拠とする武士で、実名を房信といい、周防大内の代官として鏡山城に在城していた。大永三年(1523)六月、出雲尼子氏に鏡山城を攻められ、善戦したが味方の裏切りにあい、他の城兵を助けるために切腹したと伝える。
 この碑は元は西条東の田の溝に掛かって橋に使われていたがここ平泰寺へ移された。
       (用語解説 平泰寺 鏡山城 参照のこと)

[蔵田備中守供養塔]