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解題・説明
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この資料は平成9年3月24日に鈴木泰平より寄贈されたもの。 資料は、天田愚庵の伝記として有名な「血写経」に利用されたものである。台麓学人による「血写経」は、新聞『日本』に明治23年6月23日から同年9月4日まで合計22回連載された。台麓山人が複数の人に書いて貰い、これを編集したものと思われる。この資料「母妹を捜索せし噺し」は、「血写経」十九に利用されている。この資料から事実関係を抜き出しているが、この資料の文章の面影はない。法学校時代から愚庵と交際が始まり、京都にしばしば愚庵を訪ねている。(舘田勝弘)
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