|
解題・説明
|
この資料は平成9年3月24日に最上和子より寄贈されたもの。 東海勇蔵は、明治10年3月14日、東海昌雄の三男として弘前町に生まれる。初め東奥義塾に学び、第三高等学校を経て明治31年帝国大学工科に入り、造船学を専攻した。卒業後、海軍大学校に学ぶ。36年4月、陸羯南長女まきと結婚する。羯南はそののち世界一周の旅をし、日露戦争開戦直前に帰国する。この書簡は、日本がロシアに宣戦布告をする2月10日の直前のものである。娘婿へ短刀一振りを送り後顧の憂いなく任務に就くことを願う内容である。実際、日露戦争では東郷艦隊司令部付で旅順に向かい、閉塞船に乗り込み、殊功により功五級金鵄勲章を授けられている。A-52~55も平成9年3月24日最上和子より寄贈されたものであるが、日露戦争さ中、新聞社で得た情報と国民が受けるであろう情報の差などが伝えられている書簡となっている。(舘田勝弘) 【参考文献】 舘田勝弘「陸羯南晩年書簡の翻刻―東海勇蔵並びにまき宛―」(『陸羯南会誌』第1号、平成23年2月)
|