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解題・説明
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この資料は平成23年10月11日に購入したもの。 饗庭篁村(あえばこうそん)(安政2年~大正11年 1855―1922)は明治初期の小説家・劇評家で、『読売新聞』『東京朝日新聞』を舞台に活躍した。日本新聞社は、小日本新聞社を設け、家庭向け文芸新聞『小日本』を明治27年2月11日に創刊した。編集主任は正岡子規で、仙田重邦、石井露月、古島一雄、五百木(いおき)飄亭(ひようてい)、齋藤信(まこと)、中村不折(ふせつ)らが社員として働く。『小日本』は、同年7月15日で廃刊した。 この書簡は、『小日本』創刊以前に、正岡、仙田などが篁村に新聞紙名についてたびたび相談をしていた事実が記されており、それらを踏まえて、新聞名を『小日本』に決定したことを伝えている。『絵入日本』はよろしからず、『小日本』の小は幼少なる日本、優しき日本の意味であり、フランスに新聞『ラ・フランス』があり、雑誌に『ラ・ジュヌ・フランス』があり、ジュヌは英語ではヤング、訳せば小として『小日本』としたことを伝えている。 なお、新聞『日本』の命名については、フランスの日刊紙『ラ・フランス』に由来していると篁村に伝えていることに注目したい。『ラ・フランス』は、パリ・コミューン政府樹立(1871年)時には、すでに発行されていたもので、紙名には「政治・科学と文学」のサブタイトルがあるものであったという。 『小日本』の新聞名について、詳しく触れたこの書簡は貴重である。(舘田勝弘) 【参考文献】 「陸羯南書簡饗庭篁村宛―明治27年1月24日―」(『陸羯南会誌』第5号、平成27年3月)
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