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解題・説明
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ポール・クローデル(Paul Claudel、1868年~1955年)は駐日フランス大使として大正10(1921)年から昭和2(1927)年まで滞日し、日本文化に深い理解を示した人物である。外交官としてのみならず、詩や劇作をこなす文学者としての顔もあったクローデルは、大正期の日本の文学界にも影響を与えている。 福士幸次郎もたずさわっていた『日本詩人』大正12(1923)年1月号の巻頭には、シャルル・ルイ・フィリップ記念講演会でのクローデルの言葉が掲載されている。大正11(1922)年12月に小牧近江・吉江喬松らによって神田明治会館で行われた「フィリップ十三周忌記念講演会」は、社会芸術運動に携わり1909年に没したフランスの作家シャルル・ルイ・フィリップを記念したものであった。フィリップとも交流のあったクローデルがその会合で述べた言葉は、「民衆のために」「民衆それ自身に代つて」作家は書かねばならぬということだった。この後、『日本詩人』では、クローデルの「東方所観」(山内義雄訳)を不定期で連載するほか、福士幸次郎が編輯の中心となって「ポール・クローデル号」(大正12(1923)年5月号)を企画するなど、クローデルへの注目が続いている。こうしたことから、福士は白鳥省吾とともに、『日本詩人』における一連のクローデル受容の流れの中心にいたと考えられる。(村山龍) 【参考文献】 ポオル・クロオデル(山内義雄訳)「シャルル・ルイ・フィリップ」(『日本詩人』、大正12(1923)年1月)
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