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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍
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通史編3(近世2)
(長勝寺)
長勝寺 長勝寺(ちょうしょうじ)は、大永六年(一五二六)、
大浦光信
が種里城(現西津軽郡鰺ヶ沢町)で死去,菊仙が招かれて開山となり、寺号は
光信
の戒名「長勝降栄大居士」によった(資料近世2No.四〇五・四一四)
通史編2(近世1)
([口絵])
口絵1 津軽為信坐像と御影堂障壁画 口絵1 津軽為信坐像と御影堂障壁画 口絵2
大浦光信
倚像
通史編3(近世2)
((一)藩主家の菩提寺)
(一)藩主家の菩提寺
大浦光信
は大永六年(一五二六)十月八日、種里城(現西津軽郡鰺ヶ沢町)で臨終の際,ところが、六代藩主信著は、延享元年(一七四四)報恩寺だけが重く扱われ、長勝寺は
光信
以来の先祖が崇敬してきているのに
資料編1(古代・中世編)
(二 大浦城の歴史)
こうした中、安東政季死去より三年後の延徳三年(一四九一)、南部氏の一族・
光信
が九戸郡下久慈より「大浦・,さらに文亀二年(一五〇二)、南部
大浦光信
は「花輪郡賀田郷」の地に築城、「大浦ノ城」と名付け、嫡子盛信を,その後、大永六年(一五二六)、大浦氏の初代
光信
は種里城に没し、
光信
の嫡子盛信が大浦城にあって跡を継ぐ。
通史編3(近世2)
(信寿・信著・信寧時代)
これが
大浦光信
から四代藩主信政までの約二五〇年間の事歴を書き記した官撰の史書「津軽一統志」一〇巻である
通史編1(古代・中世)
(二 北奥宗教界を彩る中世的寺社)
曹洞宗 金沢宗徳寺 大永六 (一五二六) 大浦盛信 種里 (鯵ケ沢町) 西茂森 大浦盛信が亡父
光信
,岩木山神社 坂上田村麻呂 延暦年中(七八二~八〇六) 顕国玉神・多都比姫命・坂上刈田麻呂命 弘前八幡宮
大浦光信
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