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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍
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通史編3(近世2)
(神明宮)
神明宮
神明宮
(現
弘前神明宮
)は、慶長七年(一六〇二)、為信が鎮護国家のため堀越城内に創建し、信枚によって /
神明宮
通史編3(近世2)
(協力機関および協力者一覧(機関・個人順、五十音順))
野辺地町歴史民俗資料館 平賀町教育委員会 弘前市教育委員会 弘前市立図書館 弘前市立博物館
弘前神明宮
資料編3(近世編2)
(【解説】)
これは、
弘前神明宮
神主齋藤長門支配の神職のものであるが、弘前藩内の神職全員に行われたものであろうことが,「神社」の「神祇管領吉田家諸国社家執奏記」には、藩内で八幡宮(弘前八幡宮)・熊野宮(熊野奥照神社)・
神明宮
,(
弘前神明宮
)・岩木山下居宮(岩木山神社)・深沙宮(猿賀神社)の五社のみが記されている。
通史編3(近世2)
(伊勢参り)
元禄二年(一六八九)、町年寄松井四郎兵衛と
神明宮
(現
弘前神明宮
)神主斎藤長門が町人と藩士の代参として伊勢神宮,伊勢講・代々講が組織されたが(『永禄日記』)、享保六年(一七二一)、庄屋宅に宿をとった伊勢の御師から
神明宮
通史編3(近世2)
(神仏分離の準備)
その他、明治三年九月からは
神明宮
神官斎藤長門が社家長代に任命され、藩は彼ら三人を通して神仏分離を進めていった,同三年六月には新政府より大小社の調査が求められたが、これに対して藩では「藩内御崇敬神社調」を提出し、
弘前神明宮
通史編3(近世2)
(藩政前期為信)
慶長七年(一六〇二)の為信の棟札(同前No.一五一)が現存する
弘前神明宮
は、初め堀越城内に創建、のち、,図188.
神明宮
棟札 天正十四年(一五八六)に為信は深沙宮(じんじゃぐう)(現猿賀神社、南津軽郡尾上町
通史編3(近世2)
(神道)
図202.神職組織と神道本末関係図
神明宮
(現
弘前神明宮
)神主斎藤長門のみは寺社奉行の直接支配,山村伊勢・和泉の父子が、住吉宮の護国神を唯一神道で祀り、寺社奉行から直接の取り扱いを受けてきたので、
神明宮
神主斎藤長門,元禄十五年(一七〇二)の「
神明宮
社縁起」(資料近世2No.四一七)によれば、神主斎藤長門は初め伊勢神宮
通史編3(近世2)
(二代信枚)
このほか誓願寺(せいがんじ)大堂、長勝寺山門の建立や熊野宮(現熊野奥照神社)、
神明宮
(現
弘前神明宮
)、
通史編1(古代・中世)
(二 北奥宗教界を彩る中世的寺社)
熊野奥照神社 坂上田村麻呂 大同二年(八〇七) 伊弉那岐命・伊弉那美尊
弘前神明宮
もと、松神村
通史編3(近世2)
(掲載図版・写真の典拠・所蔵一覧)
同上 185 弘前市 大仏院蔵 186 弘前市 長勝寺蔵 187 弘前市 貞昌寺蔵 188 弘前市
弘前神明宮
蔵
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