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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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通史編3(近世2) (塵芥捨場の設置)

おけやまち)川添、北横町(きたよこちょう)、茂森町土居(しげもりまちどい)の前、新町(あらまち)川添、五十石町,の下、西川岸川欠けの所、土手町の土田屋小兵衛家の裏通、御徒町川端川欠けの所、馬屋町の布川文治家の後、五十石町,北横町の大橋脇、紺屋町の町外れの大川添、鷹匠町(たかじょうまち)の川添、荒町(あらまち)の後の古川添、五十石町東側
通史編5(近・現代2) (市民体育館の設置)

市民体育館の設置 昭和四十七年三月、五十石町七番地に市民体育館が設置された。
通史編5(近・現代2) (統合計画の達成)

第二中学校は藤代中学校と統合のため校舎を五十石町の城西小学校舎に移転、新校舎建設促進委員会を発足させ、
通史編4(近・現代1) (城西小学校創立)

岩木川と、眺められる岩木山を組み合わせたと思われるが、結局校名は城西小学校に決定し、十六年十月一日、五十石町,盈進 中初 下町学区 一 鷹匠町、馬屋町、西大工町、新町、駒越町、平岡町、紺屋町、浜ノ町、袋町、○五十石町
通史編4(近・現代1) (私設青年団の結成)

鷹城青年会は五十石町や鷹匠町など中級以下の士族が多く、士族意識は依然として強く、排他的な孤立が根強かった
通史編2(近世1) (土着策と弘前城下)

(あらまち)へ通る古川通り・荒町川端町・鷹師町の細小路・鷹師町中ほどより江戸町への通り・袋宮寺山道・五十石町,の上細小路・五十石町の北詰め行き止り・五十石町より袋宮寺へ通り・若党町の後ろ町・春日町・小人町・長坂町,石以上金一五両以上の藩士が居住していたのを、御目見得以上の藩士に屋敷を与えることとし、代官町・若党町・五十石町
通史編4(近・現代1) (戸長の配置)

工藤寅之助  駒越町 平岡町                          斎藤三彌  袋町 五十石町
通史編3(近世2) ((三)住居)

、 城西――本百石町(もとひゃっこくまち)(後に馬屋町(まやちょう))・鷹匠町(たかじょうまち)・五十石町
通史編5(近・現代2) (一 小学校教育)

一四一五 二六 26 小学校 時敏 元寺町八三 竹谷良吉 二八 一二七二 二四 27 小学校 城西 五十石町一九
通史編3(近世2) (寛政期の城下)

」(前掲『弘前城下史料』上)によれば、城南では在府町後通りと同新割町、城西では馬屋町・新町・鷹匠町・五十石町
通史編4(近・現代1) (大区小区制の成立)

かわらけ)丁 南土器丁 中土器丁 上土器丁 代官丁 和徳町 茶畑丁 茶畑新割丁 北横丁 紺屋丁 浜ノ町 五十石町
通史編5(近・現代2) (在府町に生まれる)

明治四年(一八七一)、五十石町の古川他山塾に入り漢学を学ぶ。
通史編5(近・現代2) (見直したい弘前市の記録)

土手町、鍛冶町をはじめ、代官町、桶屋町、百石町、親方町、紙漉町、紺屋町、若党町、五十石町、元大工町、元寺町
通史編4(近・現代1) (戸籍法と戸籍区)

馬屋丁 鷹匠町 同細小路 下山道丁 駒越町 平岡町 西大工町 誓願寺々中 同元門前 誓願寺前 袋町 五十石町
通史編3(近世2) (稽古館の儒学者たち)

同時に弘前では五十石町に私塾「思斎堂」を開いた。
通史編2(近世1) (城下高岡の形成)

)、小人町(現小人町、笹森町、長坂町)、歩者(かち)町(現若党町)、侍町(現四の郭、三の丸、馬屋町、五十石町
通史編3(近世2) (町役負担と御用金)

塩分町 下 役 本銅冶町・東銅冶町,本寺町(二丁目・五丁目) 鞘師町(三丁目・四丁目),黒石町坂下,五十石町後袋町
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