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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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通史編3(近世2) (社家・修験隊の組織)

社家・修験隊の組織 藩兵の払底が深刻化していた明治元年(一八六八)十二月五日に軍政局は、榎本艦隊がどこに,「御軍政御用留」十二月五日条によると、組織された社家・修験隊はそれぞれ二小隊ずつで、社家隊は小隊長の他,また、修験隊は伝令士三人、隊員三六人で、これも同様といえる。,両隊の訓練には軍政局より銃隊頭修験隊取扱として船水新五兵衛・松田良三郎の二人が任命され(前掲「御軍政御用留,たとえば、五所川原市の長利家に伝わる史料には修験隊を皮肉った戯(ざ)れ唄が残っているが、それをみると、 / 社家・修験隊の組織
通史編3(近世2) (神職の扱い)

明治二年(一八六九)社家隊は深浦、修験隊は赤石方面へ出陣し、同三年士族卒以外は兵隊禁止となり、解兵された
通史編3(近世2) (藩政後期)

明治二年(一八六九)、奥羽列藩同盟の攻撃に対し社家隊は深浦方面、修験隊は赤石方面へ出兵したが、同三年に
通史編3(近世2) (戦場に駆り出された民衆)

戦場に駆り出された民衆 さて、戊辰戦争ではこれまで述べた農兵・社家隊・修験隊などのほかに、多くの農民
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