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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍
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通史編3(近世2)
(日蓮宗)
日蓮宗 日蓮宗は三派があり、本行寺が
僧録所
、本末は図199のとおりであった。,図199.日蓮宗本末関係図
僧録所
本行寺から法嶺院(ほうりょういん)に対し、弘化二年(一八四五),法嶺庵日遷と高館村との間に抱え山の伐木に関して争いが起こり、同四年(一八四七)、本行寺から妙経寺に対して、
僧録所
通史編3(近世2)
(浄土真宗)
浄土真宗 浄土真宗は真教寺が
僧録所
で本末は図196のとおりであった。,本藩の町奉行から津軽黒石藩に対して、本藩と支藩との藩主処罰権は異なるものの、本末関係において感随寺は
僧録所
通史編3(近世2)
(天台宗)
天台宗 天台宗は、報恩寺が領内触頭で寺内に
僧録所
を設けて一宗の寺務を取り扱い、図193のように触下には
通史編3(近世2)
((二)本末制と僧録制)
寛政三年には各宗派の
僧録所
に対し、僧侶の破戒同様の言行を取り締まらせた。,これは寛政改革の一環として、藩主から風俗・綱紀取り締まりを各宗の
僧録所
へ命じたものとみられる(前掲『日本近世
通史編3(近世2)
(曹洞宗)
曹洞宗 曹洞宗の
僧録所
は長勝寺であった。,2No.四〇五)では、宗全寺(現青森市)が慶長年間(一五九六~一六一四)の創建にもかかわらず、この調査の
僧録所
長勝寺
通史編3(近世2)
(藩主の位牌を盗む)
海中(かいちゅう)の弟子である義道(ぎどう)は、天保十四年(一八四三)五月に津軽家の菩提寺で、曹洞宗
僧録所
通史編3(近世2)
(真言宗)
真言宗 真言宗は最勝院が
僧録所
であり、八幡宮(現弘前八幡宮)別当も兼職し、社家頭を通して領内の神職をも
通史編3(近世2)
(浄土宗)
浄土宗 浄土宗は貞昌寺が
僧録所
で本末は図195のとおりであった。
通史編3(近世2)
(本行寺)
ほんこくじ)(現京都市)一六世日禎より山・寺号の「妙法山本行寺」を与えられ、法立寺へ第五世として仮に入り、
僧録所
通史編3(近世2)
(長勝寺)
領内曹洞宗の
僧録所
であったが、その存在は寛文五年(一六六五)曹洞宗関東触頭によって認められた(同前No
通史編3(近世2)
(真教寺)
為信の時に浄土真宗の
僧録所
を命じられ、一町田村(同町)のうちの高屋(たかや)村に寺領を与えられた。
通史編2(近世1)
(僧侶・神官対象の司法制度)
②の場合は、入牢・揚屋入りではなく、寺社奉行の管轄下で行われ、末寺の起した事件は
僧録所
(そうろくじょ)
通史編3(近世2)
((一)藩主家の菩提寺)
また、寺領二〇〇石を寄進し、
僧録所
として領内曹洞宗を統括させた。
通史編3(近世2)
((二)富籤興行)
すでに、藩の財政は、為信の生母の菩提寺として寺領六〇石を寄進し、浄土宗
僧録所
にしている貞昌寺の再建ができず
通史編3(近世2)
(藩政後期)
宝暦三年(一七五三)から始められたこの改革は、藩士の禄高の提出に続いて、寺社の禄高を各宗ごとに
僧録所
を
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