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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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通史編2(近世1) (東西蝦夷地直轄下の勤番体制)

松前・江差・ソウヤ・北蝦夷地(サハリン、カラフト)が主たる勤番地であり、毎年半数以上の越年者がいることがわかる,なお,文化5年には高嶋に191人(100)が加わり,同6年には,この外に北蝦夷地に52人を派遣。  
通史編2(近世1) ([口絵])

弘前城天守 口絵13 斜里岳 口絵14 津軽弘前藩シャリ陣屋跡 口絵15 北蝦夷地陣屋着之図
資料編3(近世編2) ([口絵])

(本文史料二四七号) 忍ぶ草 (本文史料一六一・一六二号) 弘城出立之図 北蝦夷地陣屋着之図
通史編2(近世1) (「分領」と津軽弘前藩)

また、仙台・秋田・庄内・会津の各藩に対しては、同日、北蝦夷地の警衛を重視するよう達しが出されていて、これらの,各藩への分領と北蝦夷地の警備とが結び付けて考えられている。,この点から、幕府がこの時期の蝦夷地警衛の重点を対ロシアとの国境問題が存在する北蝦夷地に置き、その警衛を
通史編2(近世1) (ロシアによるエトロフ襲撃事件)

および東西蝦夷地一円を直轄化するが、これに大きな影響を与えたのが、同三年から四年のロシアによるサハリン(北蝦夷地
通史編2(近世1) (開国と箱館警備)

両島 ユウフツ ネモロ エトロフ クナシリ 秋田藩 西蝦夷地ヲカムイ岬から北海岸通シフトコまで 北蝦夷地
通史編2(近世1) (警備引き揚げとその背景)

運上屋を通したアイヌ支配と、各所に置かれた勤番所による警衛体制は、この時期にはエトロフおよびカラフト(北蝦夷地
資料編3(近世編2) (【解説】)

なお、この期の西蝦夷地警備の拠点であり、北蝦夷地への渡海口でもあった弘前藩宗谷陣屋については、瀧本壽史
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