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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍
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資料編1(考古編)
((1)石棺墓)
なお、当該遺構の時期は、伴出した甕棺により
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
とされている。,
Ⅰ群
(
式
)
土器期
人骨・石鏃・土器・木炭片 1972年 (昭和47) 堀合Ⅲ号 南津軽郡 平賀町唐竹堀合,1基 長方形 1.60×0.90 〔後期〕
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
人骨・副葬品なし 1978,12基 長方形 0.60×0.40 ~2.00×0.50 〔後期〕
十腰内Ⅰ群
(
式
,基 楕円形 1.90×1.30 〔後期〕
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
甕棺形土器・石皿片・人骨なし
資料編1(考古編)
((1)縄文時代の甕棺墓)
なお、両遺跡の時期は、後期の
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
である。 ,②…昭和42年(1967)南津軽郡平賀町唐竹の堀合Ⅰ号遺跡で発見された、後期の
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
の,⑤…同年9月、上北郡六ヶ所村尾駮の農林省上北馬鈴薯原原種農場内から、成人骨入りの後期
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
,いずれも後期の
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
に属する*240。,この骨は、縄文時代後期の
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
における甕棺葬法を知る重要な資料となった。
通史編1(自然・原始)
(環状列石)
昭和二十九年(一九五四)に、下北半島の東北端で発掘された東通村尻屋にある尻屋札地(ふだち)遺跡(後期・
十腰内
,
Ⅰ群
〈
式
〉
土器期
)、岩木山の東北麓にあって、昭和三十五年(一九六〇)岩木山麓の開発にかかわる緊急調査で,向う国道一〇四号に接して発見された田子町関の在家平遺跡(後期・
十腰内Ⅰ群
〈
式
〉土器)、馬淵川右岸の低位河岸段丘上,青森大学・青森市教育委員会により調査され、国の史跡指定を受けた青森市野沢の小牧野(こまきの)遺跡(後期・
十腰内
,
Ⅰ群
〈
式
〉
土器期
)など五遺跡であり、発掘調査の手が加わっていないが、類似遺構を有する遺跡として、平賀町
資料編1(考古編)
((4)土製品)
弥生時代では、前期の砂沢
式
土器期
に多く、中期後半の田舎館
式
土器期
を最後に製作は停止したらしい。 ,後期の中ころである
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
に多い。 ,)・犬(三戸郡五戸町古街道長根遺跡=後期:
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
)等があり、ほかになお猿並びにイノシシ,土製品には以上のほかに、釣鐘のような形態を持った鐸形(たくがた)土製品(後期の
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
に,多い)、土器片を円形に擦って作った円版状土製品(これも
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
に多い)、三角形の柱を10cm
資料編1(考古編)
(2.縄文時代の住居跡)
早期の住居跡は、次の白浜
式
土器期
になると急激に増加し、集落を形成するようになる。,さらに、中期後半の榎林
式
土器期
に入ると、数は増加して20%に達している。,この時期の炉は、地床炉が多数を占めるが、円筒上層d
式
土器期
から土器埋設炉、次の円筒上層e
式
土器期
から石囲炉,、それに続く
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
の例が県内各地で発見されている。,発掘数の53%、次いで円形の45%、
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
になると、円形が多くなって逆転し52.3%、
資料編1(考古編)
((3)石製品)
石棒は、前期の円筒下層d1
式
土器期
に出現し、中期の円筒上層e
式
や最花・中の平Ⅲ
式
土器期
には太く短い形状,人の形を表した岩偶は、前期の円筒下層b
式
土器期
に出現して前期末でいったん絶え、晩期に入ると再出現するが,後期の
十腰内Ⅰ群
(
式
)土器に共伴するものが多く、原材は翡翠(ひすい)とされ、一ノ渡遺跡の例は新潟県の青海,小玉類は、臼玉・管玉・丸玉・有孔石製品などがあり、これらは後期の
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
に出現し、晩期を
通史編1(自然・原始)
(縄文集落)
秋田県鹿角(かづの)市の高屋館(たかやだて)遺跡は、後期前葉の
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
の各遺構が、配石遺構,三内丸山遺跡は外見すると異なる構造に思われるが、各遺構の配列は「北の谷」の南を東西の方向に並んだ高床
式
掘立柱建物群
資料編1(考古編)
(15.尾上山(3)遺跡)
(4)遺構・遺物の概要 発見された遺構は、縄文時代前期(円筒下層b
式
土器期
)の不整楕円形を呈する竪穴住居跡,同c
式
を経て、円筒下層d2
式
土器期
に該当する。,記述すると、第Ⅰ群早期(日計
式
の押型文土器・ムシリⅠ
式
)・第Ⅱ群前期(円筒下層b
式
・同c
式
・同d1
式
・,同d2
式
)・第Ⅲ群中期(円筒上層e
式
・最花
式
)・第Ⅳ群後期(
十腰内Ⅰ群
)・第Ⅴ群弥生時代前期(砂沢
式
),東南壁寄りに半地下
式
のかまどが作られていた。
通史編1(自然・原始)
(発掘調査の成果)
円筒上層
式
を経て、榎林
式
・中ノ平Ⅲ
式
(最花
式
)、後期の
十腰内Ⅰ群
(
式
)に至る各形
式
土器が、土層の序列に,
Ⅰ群
(Ⅰ
式
)
土器期
に属する甕棺一個を発掘した(160)。,され(162)、さらに翌年の五~七月にかけて、堀合Ⅰ号遺跡から
十腰内Ⅰ群
期の甕棺二個が発掘されている(,
Ⅰ群
土器期
の葬法を知る手がかりを与えている(164)。,縄文時代後期は甕棺墓(かめかんぼ)と並んで、組石石棺墓(くみいしせきかんぼ)なるものもおもに
十腰内Ⅰ群
期
資料編1(考古編)
((2)集石・配石遺構)
小牧野における環状列石の時期は、後期の
十腰内Ⅰ群
(
式
)
土器期
と考えられている。
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