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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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通史編2(近世1) (人質徴収)

しかし、検地の後に起きた葛西・大崎一揆、和賀・稗貫一揆の影響で、天正十八年末にこぞって上洛した出羽のような
通史編2(近世1) (豊臣再仕置軍の奥州下向)

ところが、葛西・大崎一揆に続いて和賀・稗貫一揆が起こり、次いで九戸一揆が起こったことによって、秀吉の再仕置,この間、大崎・葛西一揆を六月までに自らの兵で鎮圧することに成功した伊達政宗も、天正十八年以来、和賀・稗貫,)、斯波詮直(しばあきなお)の旧臣で新たに信直の配下に加わっていた簗田詮泰(やなだあきやす)、さらに和賀,・稗貫郡の旧郡主和賀信親(のぶちか)・稗貫輝家(てるいえ)らであり、伊達政宗はこれら岩手・斯波・和賀・,このような動きの中、仕置奉行の一人である蒲生氏郷は、八月二十三日に和賀郡に着陣し、数日中には九戸城を落城
通史編2(近世1) (知行安堵)

一方、陸奥では、検地の後に起きた葛西・大崎一揆、和賀・稗貫一揆の影響で、上洛は果たせなかったようであり
通史編2(近世1) (北奥羽の領知確定)

天正十八年末から翌十九年にかけて、出羽国では庄内藤島一揆、由利・仙北一揆、陸奥国では大崎・葛西一揆、和賀,・稗貫一揆、九戸一揆が起こり、これらの一揆とその鎮圧を通じて、奥羽の地の領国支配は改編を余儀なくされる,南部氏も、戦国末期に獲得した志和(しわ)郡や旧九戸領、和賀・稗貫両郡については知行宛行状を発給していたが
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