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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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資料編1(考古編) (4.弥生時代の住居跡)

構造 柱穴数 周溝 備考 前坂下(3) 砂沢式 1 楕円 5.60×4.70 15.00 石囲炉,5.58 25.05 地床炉 11 なし 13a 円 5.40×5.20 19.52 石囲炉,9 なし 炉は3基あり地床→石囲→地床炉 23 楕円 4.70×3.60 12.89 石囲炉,中央部削り取られる 5 円 3.53×3.20 なし 3 あり 7 円 8.70 石囲炉,炉跡は、ほぼ中央部に設置されているものが多く、構造は地床炉が多数を占め、次いで石囲炉である。
通史編1(古代・中世) (農民の住まい)

が暮らしていた家屋(図60)などが発見され、竪穴の建物や掘立柱建物などが建てられ、その建物などを取り囲む,おそらく当市域においても、大浦(おおうら)城跡の北側に位置する、上新岡や下新岡地域に所在する館跡の周囲には,またその周囲には農家の建物なども建てられていたのではないかと推測される。
通史編3(近世2) (瓦の移入)

」延宝五年(一六七七)七月十七日条に、御用の瓦が十三に着岸、当座必要の分は弘前へ搬送し、残りは十三に囲い,十三に陸揚げした瓦はひとまず囲っておき、必要に応じて岩木川をさかのぼり、板屋野木(いたやのき)(現北津軽郡板柳
資料編1(考古編) (13.神原遺跡)

標高約20m、周囲の水田との比高は約5mである。,(3)調査の経緯  周囲の水田(低湿地)整地のため、当該遺跡の土を削る工事中に発見され、昭和44年(
通史編3(近世2) ((三)住居)

は竹の簀子(すのこ)か、籾(もみ)を地面に積み上げたものに筵(むしろ)を敷き、壁は土壁ではなく、藁で囲っただけのまことに,そのほかに、床の間を設けること、座敷に仏壇・神棚を設けるようになったこと、勝手が広くなり、そこに囲炉裏
通史編1(自然・原始) (地層に記録された過去の出来事)

そして、残りの三方は山地に囲まれていることがわかる。,しかし、市街地を取り囲む丘陵や山地は(写真42)、遠い過去に海底に運ばれた土砂が固結してできた堆積岩と,一六四頁参照)は、おもに碇ヶ関村、大鰐町、平賀町にまたがる東西約一五キロメートル、南北約一八キロメートルの範囲にのみ,当時起きた地殻変動、そして大陸氷河の消長とともに海水面が上下した様子などを紹介するためには、その考察範囲をそれぞれの,していた海域や水域という空間的な広がり、または特定の時期に起きた大規模な火山活動の影響による地層の分布範囲としてとらえる
通史編1(古代・中世) (奥羽地方の地頭制)

もともとこの地方の荘園は郡と名前の一致するものが多く、郡の範囲が実質的に荘園の範囲であるところも多かったので
通史編2(近世1) (大浦城の構造)

高館山麓の蔵王(ざおう)集落から北東に張り出した標高四二メートルの低い台地の先端を利用して築かれ、周囲の,河川の分岐点を中心とする津軽平野中心部一帯に設定されたと推定されるように、岩木川西岸で岩木川と岩木山に囲まれ,農業生産がすでに発達していた水田地帯が周囲に広がるところに大浦城は立地していた。
通史編5(近・現代2) (弘前聖愛高校の教育と移転)

私たちは、学校の中で、できるだけ規則を少なくし、逆に自由の範囲をできるだけ拡げようと思う。,新天地の原ヶ平の地は、周囲をりんご園に囲まれた郊外にあり、教育環境としては最適の地と言えるだろう。
通史編2(近世1) (関ヶ原の戦いと津軽氏)

を用いた大名は、堀・蜂須賀両氏のほかに津軽氏のみであり(堀氏は、さきにみた奥羽・越後各氏による上杉包囲網,図46.諸将旌旗図屏風にみえる津軽家(左)と蜂須賀家(右)の卍幟  では、なぜ上杉景勝包囲網,この包囲網に動員された奥羽・越後の各氏は、南部利直を除いてはほとんど上杉氏と領界を接するため、出陣を命,大名も多く存在する)定めたものであるが、そのなかの「もくそ(牧使)城とりまき候衆」、すなわち牧使城を攻囲する,この牧使城の攻囲に加わるはずだった奥羽大名と、慶長五・六年の上杉包囲網に動員された諸大名は当主の交代などの
通史編1(古代・中世) (住の道具)

暖房に関しては囲炉裏(いろり)を基本とする生活スタイルが予想されることから、基本は囲炉裏による暖房としても,夜の灯火にしても囲炉裏が基本ではあるものの、他の灯明具の在り方はよくわかっていない。
通史編2(近世1) (堀越城の構造)

堀越城の縄張りは、本丸を中心として、それを取り囲む形で複数の曲輪が配置され、城の中心部に達するにはいくつもの,この東西の二つの木戸に守られた地域こそ、かつての堀越城下町の範囲であった。,また、町曲輪は、一方を堀越城の堀、外周を前川や水濠によって囲まれた曲輪であり、大浦城は「城―町曲輪―町
資料編3(近世編2) (●普門院 本堂 西茂森二丁目)

一般に「やまかん」と称されていて、山中の観音堂といった雰囲気をもっている稀な遺構であろう。
通史編1(自然・原始) (カルデラ内の堆積物)

こうしてできた堆積物は、阿闍羅山の周囲(鎌田、一九九三)や碇ヶ関付近(写真55)でみることができる。,碇ヶ関層についてこれまでに調査された報告書の化石のリストをみると、碇ヶ関カルデラの中の湖沼の周囲にはクマシデ
通史編1(古代・中世) (北畠顕家の死)

の死 この年八月、陸奥国伊達郡の自然の要害霊山(りょうぜん)にあった北畠顕家は、ようやく足利郡の包囲網
通史編1(古代・中世) (東北地方の古墳時代)

ぎないし後半から七世紀後半に及ぶとされ、大和地方を中心として南は九州地方中部、北は東北地方南部まで広い範囲に,図1 4世紀代の土器  古墳時代中期になると、古墳の分布密度と範囲はさらに濃く広がり、それとともに
資料編1(考古編) ((2)9世紀~10世紀前半)

また、外周溝は竪穴を囲うものと、前述の掘立柱建物を含む全体を囲うものがあるが、いずれも機能的には排水施設
資料編1(考古編) (32.住吉軽石流堆積物Ⅴ)(すみよしかるいしりゅうたいせきぶつ))

:山口(1993)は、本堆積物中の炭化物の年代測定(36,000年以上前)と重鉱物組成及びその分布範囲から
資料編1(考古編) (3.砂沢遺跡)

弘前市教育委員会による昭和59年(1984)からの継続調査によって、6枚の水田跡を発見したが、さらに調査範囲を
資料編1(考古編) (3.縄文時代の集落)

の御所野(ごしょの)遺跡でも、縄文時代中期後半期に中央部を整地して配石墓を造り、それよりも一段高い周囲に,明確にとらえられないが、遺跡から出土する土器が前期の円筒下層a式から下層c式あたりのものであり、その範囲の,出土遺物の比較検討、床面や炉跡の土壌サンプルのフロテーション法などを実施すべきであろうが、遺構発見の範囲が,道路の幅員のような限られた範囲を越えることが不可能という現状であり、集落のなかでの位置付けは将来への課題
資料編1(考古編) (3.石川長者森遺跡)

この周溝内及び周溝に囲まれた内部には、埋葬施設は検出されておらず、また遺物の出土もない。,これらの古墳群は、7世紀~8世紀前半期においては、周溝に囲まれた内部を長方形に掘り込み埋葬施設を作るものが,これらの空堀跡は、丘陵斜面上の標高66~71mの等高線上にあることから、この位置で丘陵全体を囲っているものであろう,〔竪穴住居跡〕 空堀に囲まれた丘陵頂部のトレンチで3軒の竪穴住居跡が検出された。  
通史編1(古代・中世) (城館タイプの分類)

このタイプのものは主曲輪を囲むように曲輪が配置されるものと、主曲輪を囲い込まないものとがみられる。,さらに北側からみた時には縦土塁や縦堀が目立つ位置に意識的に設けられ、その城跡をみる人に威圧感を与える雰囲気
通史編5(近・現代2) (「新弘前市」の建設方針)

教育係も合併に伴う学校の位置や通学範囲など、基本的な教育に関する調査を行っている。  ,これに対し民政係の調査は項目も多く、調査範囲も多種多様にわたっている。
通史編1(自然・原始) (立構山で観察される火道の断面)

立構山は弘前市と相馬村の境界に位置する山だが、相馬村側では泥岩に囲まれた安山岩の溶岩である硬い部分を砕,安山岩の周囲の泥岩は淡緑色(新鮮な所では濃い灰色)だが、安山岩に接している所では、溶岩の熱で焼かれたために
通史編1(古代・中世) (土器の煮炊から鉄鍋へ)

この現象は、住居内における炊事がカマドを中心とした形態から囲炉裏(いろり)に変化する状況に対応すると考,これに対して、浅鉢形の鉄鍋は蒸すよりも「煮る」ことが一義であり、固定したカマドがなくても囲炉裏や炉のような
資料編1(考古編) (〈地域的な差〉)

このⅠ型-②の建物跡は、日本海交易による珠洲・越前・唐津陶磁器の分布範囲と一致している。,地域の技術と融合した結果成立したものと考えられ、Ⅰ型-①の建物跡は、常滑・渥美といった大型容器の分布範囲と
資料編1(古代・中世編) (-例言-)

一、古文書などで、本文と字体が違う部分については「 」で囲み、また朱筆については『 』で囲んで示した。
通史編1(自然・原始) (大森勝山遺跡)

調査中に周囲を丹念に調べたが、石器製作時に出るフレーク(剥片)やチップ(石屑)がみられぬため、狩猟時における
通史編1(古代・中世) (狄坂丸の乱)

「狄」とあることや鎮守府将軍の管轄範囲から考えて、坂丸は米代川上流地域の族長であった可能性が高いとされているが
資料編1(考古編) (例言)

なお遺物集成は掲載資料の範囲を津軽全体にまで広げたものもある。
資料編1(古代・中世編) ((1)立地と遺構の現状)

周囲の水田との比高差は約一〇メートルある。
通史編3(近世2) (紅花)

二月二十二日条には、植栽について風が激しく根付きの悪い土地での種蒔き法(沢蒔き)や、種子の扱い方(一年間囲い
資料編1(考古編) (2.縄文時代の住居跡)

この時期の炉は、地床炉が多数を占めるが、円筒上層d式土器期から土器埋設炉、次の円筒上層e式土器期から石囲炉,炉跡は、地域による相違もあり、地床炉はもとより石囲炉も多い。,例えば前述の水木沢遺跡を見ると、発見された後期の住居跡17例の中で、地床炉1例のほかはすべて石囲炉であった,炉跡は、地床炉が多数を占めるが石囲炉も次いで多く、さらに土器埋設炉、土器埋設プラス石囲炉となっている。
資料編1(古代・中世編) (五 堀越城下(都市としての堀越)の構造)

では、この堀越城下町の範囲はどこからどこまでであったろうか。,この東西二つの木戸に守られた地域こそ、かつての「堀越城下町」の範囲だったに違いない。,そして、①の「町曲輪Ⅰ・Ⅱ」の地区は、一方を堀越城の堀、外周を前川や水濠(現在は用水路)によって囲まれた
通史編1(古代・中世) (防御性集落登場の背景)

そのさらに北に広がる世界である青森県域から北海道道南部にかけて、集落を環壕(かんごう)や土塁(どるい)で囲むことを
通史編4(近・現代1) (市青年団の結成)

以上で式典は終わったが、来賓は各界の名士六〇人を超え、参観の市民は会場の周囲を埋めた。  
通史編3(近世2) (情事の発覚)

箒尻は長さ約六〇センチメートル、周囲は約九センチメートル、竹片二本を麻苧(あさお)または革で包み、その,一説に、すぐり藁を観世(かんぜ)よりで巻いたもので、周囲約一二センチメートルであったという。
通史編3(近世2) (入学式)

学官は六ツ時(午前六時ころ)に、入学生は六ツ半時に、裃の礼装で打ち揃い、厳粛な雰囲気の中で式次第が進行
資料編1(考古編) (〔鈴木(1972)による岩木火山形成史〕)

そのために、山麓部が幅2~4kmの環状丘陵地帯を呈し、まるで火山体を城塁のように取り囲んでいる。
通史編1(自然・原始) (熱帯海洋気候イベント)

また海中の酸素の量が極端に少なくなって水中の生物が大量死し、海底の広い範囲に有機質の黒色泥が堆積した例
通史編5(近・現代2) (日中戦争の勃発への着手)

ところが日中戦争勃発以降、戦局が悪化するにつれて兵役期間が延長され召集範囲も拡張された。,愛国婦人会、国防婦人会、処女会、商業報国会、産業報国会を前に、「軍事多端ノ為兵隊ハ繁忙ヲ際メテ自己ノ周囲ノ,弘前市でも弘前国民職業指導所長が弘前市長宛に、登録の年齢範囲を拡張して、女性も一定年齢層にある稼働能力者
通史編1(自然・原始) (三 地形分類)

安山岩質溶岩の分布範囲をみると、山腹の標高五〇〇メートル以高であって、特に一〇〇〇メートル付近からは溶岩流
通史編1(自然・原始) (亀ヶ岡文化の広がり)

亀ヶ岡文化の広がり 現在みられる当該土器の分布範囲は、日本の先史土器文化のなかでも他の追従を許さぬほど
通史編3(近世2) (六 南溜池の四季)

②殺生禁断の地、祈祷の場としての南溜池であり、都市民の信仰を支え、宗教的な雰囲気がただよう聖地としての
通史編4(近・現代1) (学区取締(とりしまり))

スル事ハ互ニ相論議シ、専ラ便宜ヲ計リ、区内ノ学事ヲ進歩セシメン事ヲ務ムベシ」とあって、その職務は広範囲に
通史編5(近・現代2) (弘前電波高校の開校)

校地の拡張は周囲のりんご園を買い取って進められた。
資料編1(考古編) (38.田代平溶結凝灰岩Ⅳ)(たしろたいようけつぎょうかいがん))

カルデラの形成に関係し、八甲田火山群に先立つ最古期の火山活動による噴出物で、八甲田・十和田火山群の周囲一帯
通史編5(近・現代2) (弘前市の工業振興政策)

昭和三十三年になると、適用範囲を広げるための検討がなされ(『陸奥新報』昭和三十三年九月十七日付)、適用範囲
通史編1(自然・原始) (一 青森県の気象)

本県は三方を海に囲まれ、長い海岸線を持つ凹字形の地勢となっている。  
通史編3(近世2) (町家の遺構)

屋内の土間(どま)・井戸などに近世の雰囲気が漂う。
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