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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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通史編3(近世2) (国上寺)

国上寺 国上寺(こくじょうじ)(現南津軽郡碇ヶ関村)は古懸不動尊(こがけふどうそん)を祀る。,明治四年(一八七一)、国上寺はもともと神仏混淆でないため存続することになったが、修験・寺禄廃止のため、 / 国上寺
通史編3(近世2) (三不動)

三不動 古懸(こがけ)(国上寺)・中野(中野神社)・長谷沢(ながいさわ)(長谷沢神社)の不動尊は、一本
通史編3(近世2) (三代信義)

百沢寺大堂、外浜善知鳥宮(現善知鳥神社(うとうじんじゃ)、青森市)を再建、古懸不動尊(こがけふどうそん)(現国上寺
通史編3(近世2) (真言宗)

図194.真言宗本末関係図  藩では、最勝院・百沢寺・国上寺・橋雲寺・久渡寺を津軽における真言宗
通史編3(近世2) (一代本尊)

観音(白山姫(はくさんひめ)神社) 未・申 大日如来 大鰐の大日様(大円寺) 酉 不動明王 古懸不動(国上寺
通史編1(古代・中世) (一 古代における北奥の宗教世界)

最勝院(真言宗) 鼻和庄八幡村は坂上田村麻呂の陣所 (3) 大聖不動明王 円智上人、阿闍羅山を開基 国上寺,写真138 『津軽一統志』国上寺  また一方の深沙(じんじゃ)大権現=天台宗を伝える項では、,まず、国上寺であるが、これは前述した『津軽一統志』の「此山往昔円智上人唐僧開-二基阿遮羅山一」にみるように,写真139 『津軽一統志』百沢寺  変転を重ねたこれら真言寺院と伝えられる寺院も、国上寺および久渡寺,すなわち、当初天台宗に始まったと考えられる国上寺の立地する碇ヶ関(いかりがせき)、その昔、阿闍羅山とその
通史編1(古代・中世) (二 北奥宗教界を彩る中世的寺社)

名称 所在地 開山 開山年次 宗派 備考 国上寺 碇ケ関村 (もと古懸村) 円智 推古天皇十八年(六一,〇) 真言宗 古懸村の浪不寄八幡は、延暦中に田村麻呂の建立と伝え、この八幡の別当は国上寺の塔頭・蓮性院,また国上寺の中興は北条時頼と伝える。
通史編1(古代・中世) (延久蝦夷合戦と津軽)

礎石や基壇が残る・写真75)や、建長六年(一二五四)の北条時頼再興伝承をもつ碇ヶ関村古懸(こがけ)の国上寺
通史編3(近世2) (大社の神仏分離)

ほかに古懸(こがけ)不動尊別当の国上寺(こくじょうじ)(現南津軽郡碇ヶ関(いかりがせき)村)、観音堂別当久渡寺
通史編3(近世2) (二代信枚)

五山は真言宗最勝院、百沢寺(ひゃくたくじ)、国上寺(こくじょうじ)(現南津軽郡碇ヶ関村)、橋雲寺(きょううんじ
通史編3(近世2) (弘前の民衆)

また、士族成田吉太郎と伯父の宗吾は偽の藩札を一〇両造り、生活難に陥っていた国上寺(こくじょうじ)(現南津軽郡大鰐
通史編3(近世2) (出発)

くじゅうくもり)村・唐牛(かろうじ)村・餅ノ木(もちのき)村へ入り、ここから左の道を進んで古懸不動(現国上寺
通史編3(近世2) (居開帳)

図25.岩木山百澤寺お札  貞享元年(一六八四)、藩主家の人々が古懸(こがけ)の不動尊(国上寺)
通史編1(古代・中世) (四 執権時頼の東国廻国をめぐって)

宗教メッカであった藤崎・碇ヶ関・大鰐地区においても、大聖不動明王・聖観音を筆頭とする天台宗系の諸社と、国上寺,『津軽一統志』の「神社 仏閣」項が、天台僧=円智上人にかかわる大聖不動明王・聖観音・国上寺・久渡寺などの
通史編3(近世2) (城下での生活)

二十六日、今朝、国上寺(こくじょうじ)(現南津軽郡碇ヶ関村)・橋雲寺(きょううんじ)(現中津軽郡岩木町
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