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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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資料編1(古代・中世編) ((1)立地と遺構の現状)

(1)立地と遺構の現状 国吉館跡は、弘前市国吉字坂本、国吉集落の北に隣接する小丘上にある。,国吉館跡と東目屋盆地 旧目屋街道の高野館跡わきから見た東目屋盆地。,右手丘陵の前方が国吉館跡、後方が黒土館跡。,国吉館跡と国吉集落 国吉館跡の遠景
通史編1(古代・中世) (支城の城館跡)

支城の城館跡 支城は領域支配の拠点的な城館に付随する形で築かれる城館跡で、東目屋地区の国吉館跡(写真,写真211 国吉館跡遠景  国吉館跡について、『津軽一統志』「関家文書」では、館主を関惣右衛門(,関惣右衛門は「十二人屋形城衆」の中の「城代」とされていることから、国吉館跡が大浦城周辺の中世城館跡の中,そのようなことから国吉館跡は支城でもかなり重要な本城的な性格を有していた城館跡であった可能性があるといえる,国吉館跡は大浦城の典型的な支城と考えられるものである。  
資料編1(古代・中世編) ((2)縄張り復元)

(2)縄張り復元 国吉館跡の縄張り復元に用いた資料は、次のとおりである。  ,航空写真(昭和二十年代のもの、弘前市役所蔵)  ③その他 地図・地元住民からの聞き取り 図37 国吉館跡
資料編1(古代・中世編) ((3)城館の構造)

図39 国吉館跡の大手虎口と模式図  もう一つ虎口と考えられるのがb地点である。,このように国吉館跡は、中世城館としては比較的単純な造りで、戦争に備えた城郭ではなく、領主が日常居住する,現時点では調査不十分だが、国吉館跡北側の丘陵上部に城館跡らしき遺構があり、「山伏館」と呼ばれていることから
資料編1(古代・中世編) (二 各城館の位置)

④国吉館跡  すべての研究が紹介し、現地には明瞭な遺構が存在している。,図35 東目屋地区における中世城館の分布 図36 国吉館跡・坂本館跡位置図 国吉館跡
資料編1(古代・中世編) (一 東目屋地区の中世城館と領主の歴史)

ここではその中から、①国吉館跡、②坂本館跡の二つを取り上げ、さらに東目屋地区全体の城館相互のネットワーク
通史編1(古代・中世) (東目屋地域に見られる城館跡)

この国吉館跡がこの地域の中心となり、その区域内の東西の端には関所(木戸)のような性格をもった城館として
資料編1(考古編) (第1節 中世・近世遺跡の概観)

南溜池遺跡 弘前市 18 陶磁器 68 宮舘板碑遺跡 弘前市 13,14 陶磁器・板碑 44 69 国吉館跡
通史編1(古代・中世) (城館タイプの分類)

写真209 坂本・国吉館跡航空写真  そしてあくまでも戦闘のためだけに作られた純軍事的な館跡、「
資料編1(古代・中世編) (新編 弘前市史 資料編1-2 古代・中世編 目次)

……  四九五   五 堀越城下(都市としての堀越)の構造…………………………  五〇七  第五節 国吉館跡,…………  五一二   二 各城館の位置……………………………………………………  五一三   三 国吉館跡
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