• 機関トップ
  • 資料グループ
  • テキスト一覧
  • 年表一覧
  • キーワード一覧

弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

  1. トップページ
  2. 詳細検索

詳細検索


検索条件を追加
閉じる
検索結果 : 120件
辞書ファセット
/ 3ページ
通史編1(自然・原始) (カルデラ内の堆積物)

カルデラ内の堆積物 火山の噴火活動が終息し静かな時期が続くと、カルデラ壁や中央火口丘などの高い所から,風化、侵食により崩れてできた土砂は、雨水や風で運ばれた後に堆積し、扇状地を形成した。,一般に湖沼堆積物には、平行な縞模様がみられる(写真56)。,写真55 碇ヶ関カルデラ内の扇状地堆積物。,(碇ヶ関村東部) 写真56 碇ヶ関カルデラ内の湖底に堆積したシルト岩。 / カルデラ内の堆積物
通史編1(自然・原始) (火砕流堆積物の存在)

火砕流堆積物の存在 平野南縁での地形分類にあたっては、大矢・海津(一九七八)が火砕流堆積物との関連性,データ解析にあたっては、火砕流堆積物の有無を確認するとともに、隣接の浪岡地域での火砕流堆積物(山口、二,その結果、少なくとも二枚の火砕流堆積物が確認され、年代測定および重鉱物分析から、上位は十和田火山起源の / 火砕流堆積物の存在
通史編1(自然・原始) (海辺に堆積した火砕流)

そのような方法を堆積相解析(たいせきそうかいせき)という。,ここでは堆積相解析を用いて、唐竹付近に堆積した一五〇万年前の地層を形成した環境と、どのような堆積作用が,写真54 唐竹付近にみられる,約150万年前の大釈迦層の火砕流堆積物に富む露頭。,その上には火砕流の堆積物である軽石凝灰岩や、火砕流として一度堆積した物が洪水などで流されて再び堆積してできる,一番上には、大きさの異なった岩石の塊を雑多に含んだ土石流堆積物がみられる。 / 海辺に堆積した火砕流
通史編1(自然・原始) (付加体堆積物の形成とメランジ)

付加体堆積物の形成とメランジ 海洋プレートが運んで来た堆積物は、海洋プレートが海溝へ沈み込む時に一緒,といい、そうしてできた一連の地層群は付加体堆積物と呼ばれる。,こうした付加体堆積物が後に地殻変動を受けて隆起し、地表に顔を出したものの一部が、弘前の南部の先第三系堆積岩類,の堆積物が層状に重なり合っており、下位にある地層ほど古い時代に堆積したという認識に合わない、特異な地層,したがって、このような従来の地層群(非付加体堆積物)が岩相層序区分であることに対し、付加体堆積物にみられる / 付加体堆積物の形成とメランジ
通史編1(自然・原始) (深海に堆積してできた地層)

深海に堆積してできた地層 この時代は、前の時代よりさらに海に広く覆われていた。,弘前市を含めた青森県の大部分もこの海に覆われており、深い海底には泥が厚く堆積していた。,近づいてみると、泥岩層にみえるこの堆積岩は、粒子のサイズによる分類では極細粒砂岩からシルト岩と呼ぶべきもので,この時期の堆積物は、堂ヶ平(どうがたい)山から尾開山のふもとにも広く分布している。,栩内川層の堆積後も泥岩の堆積が続いた。後者の泥岩は挧内川層に比べるとやや軟らかく灰色をしている。 / 深海に堆積してできた地層
資料編1(考古編) (25.黒石扇状地堆積物Ⅷ)(くろいしせんじょうちたいせきぶつ))

25.黒石扇状地堆積物Ⅷ)(くろいしせんじょうちたいせきぶつ) 岩井(1980)の命名によるが、ここでは,八甲田第1期及び第2期火砕流堆積物から成る平滑な火砕流*38台地上に厚く堆積する。,岩相は、塊状で淘汰不良の亜円礫層から成り、上記火砕流堆積物に由来する軽石は普遍的に混入する。,なお、本堆積物の最上部には赤褐色ロームが堆積する。層厚は稜線部付近で30~50m。  ,備考:岩井(1980)の黒石市街地に伏在する扇状地堆積物の主要部分に相当する。 / 25.黒石扇状地堆積物Ⅷ)(くろいしせんじょうちたいせきぶつ)
資料編1(考古編) (40.出来島段丘堆積物Ⅵ)(できしまだんきゅうたいせきぶつ))

40.出来島段丘堆積物Ⅵ)(できしまだんきゅうたいせきぶつ) 小貫ほか(1963)の命名による。,縄文海進*49時の海岸堆積物と考えられ、山田野層を不整合に覆い、その境界面には穿孔貝*50によると思われる / 40.出来島段丘堆積物Ⅵ)(できしまだんきゅうたいせきぶつ)
資料編1(考古編) (32.住吉軽石流堆積物Ⅴ)(すみよしかるいしりゅうたいせきぶつ))

32.住吉軽石流堆積物Ⅴ)(すみよしかるいしりゅうたいせきぶつ) 鈴木(1972)の命名による。,備考:山口(1993)は、本堆積物中の炭化物の年代測定(36,000年以上前)と重鉱物組成及びその分布範囲 / 32.住吉軽石流堆積物Ⅴ)(すみよしかるいしりゅうたいせきぶつ)
資料編1(考古編) (16.小国湖成堆積物Ⅷ)(おぐにこせいたいせきぶつ))

16.小国湖成堆積物Ⅷ)(おぐにこせいたいせきぶつ) 村岡・長谷(1990)の命名による。 / 16.小国湖成堆積物Ⅷ)(おぐにこせいたいせきぶつ)
資料編1(考古編) (14.大鰐湖成堆積物Ⅷ)(おおわにこせいたいせきぶつ))

14.大鰐湖成堆積物Ⅷ)(おおわにこせいたいせきぶつ) 村岡・長谷(1990)の命名による。 / 14.大鰐湖成堆積物Ⅷ)(おおわにこせいたいせきぶつ)
資料編1(考古編) (52.八甲田第1期火砕流堆積物Ⅷ)(はっこうだだいいっきかさいりゅうたいせきぶつ))

52.八甲田第1期火砕流堆積物Ⅷ)(はっこうだだいいっきかさいりゅうたいせきぶつ) 村岡・長谷(1990,岩相は、陸成の弱溶結凝灰岩と、海成の水底火砕流堆積物とから成る。 / 52.八甲田第1期火砕流堆積物Ⅷ)(はっこうだだいいっきかさいりゅうたいせきぶつ)
資料編1(考古編) (53.八甲田第2期火砕流堆積物Ⅷ)(はっこうだだいにきかさいりゅうたいせきぶつ))

53.八甲田第2期火砕流堆積物Ⅷ)(はっこうだだいにきかさいりゅうたいせきぶつ) 村岡・長谷(1990 / 53.八甲田第2期火砕流堆積物Ⅷ)(はっこうだだいにきかさいりゅうたいせきぶつ)
通史編1(自然・原始) (北麓~東麓)

弥生面は北麓の徳明川から東麓の弥生地区まで弧状に分布し、西麓の岩屑なだれ堆積面よりも緩傾斜であり、かつ,砂礫など扇状地性の堆積物が岩屑なだれ堆積物を覆い、さらに上位には岳層上部(洞爺火山灰(5)より上位のローム,層)が堆積している。,亜円礫を含む淘汰(とうた)不良の砂層が堆積している。,扇端部の外側には岩屑なだれ堆積面が分布するが、この堆積面は下刻作用により起伏の大きい丘陵となっている。
通史編1(自然・原始) (花巻面)

図22は花巻面上の石名坂浄水場のボーリング資料であるが、丘陵を構成する火砕流堆積物である軽石質凝灰岩と,図22 八甲田第1期と第2期火砕流堆積物のボーリング資料  火砕流起源の軽石質凝灰岩(八甲田第二期火砕流堆積物,花巻面北側の柏木山などは八甲田第二期火砕流堆積物相当の軽石質凝灰岩で構成されている。,同第二期火砕流堆積物の二枚の軽石質凝灰岩が堆積している(写真34)。,中部に岡町層をはさみ、下部が八甲田第1期、上部が八甲田第2期火砕流堆積物である。
通史編1(自然・原始) (田舎館面)

、田舎館村役場(二五メートル)では、最上部に二~六メートルの有機質粘土ないしシルトを主体とする軟弱な堆積物,(N値三未満)があり、下位には〇・一~〇・三センチメートルの円礫を含む砂礫層が厚く堆積している。,軽石層および軽石粒を含む細粒~中粒砂層が薄く堆積したり、淘汰不良の粗砂層が堆積したりして場所によって堆積物,礫の混入によりN値は五〇以上を示すこともあるが、堆積物によって六~四〇とバラツキが大きい。,古懸浮石流凝灰岩の再堆積物と考えられる。
通史編1(自然・原始) (平賀面)

平賀面は、おそらく黒石面が浸食された平川流域を、扇状地性の堆積物と火砕流堆積物で新たに埋積し、また舌状,し、下半部はN値五〇以上の堅固な軽石質砂岩であって、本質的な火砕流堆積物と思われる。,上下両層の火砕流堆積物の間には厚さ四~五メートルの未固結の砂礫層が堆積し、また駒木浮石流凝灰岩直下にも,砂礫層があり、埋れ木を含む暗褐色シルトが堆積している。,していて、尾上付近に比してかなり厚く堆積している。
資料編1(考古編) (3.N3(後期中新世-鮮新世、7~1.7Ma))

N3(後期中新世-鮮新世、7~1.7Ma) N3は後期中新世の広域不整合から鮮新世~更新世境界までの堆積物,日本各地の背弧側にある堆積盆は Volcanic front を中心とした地域の隆起に伴って日本海やオホーツク,front から背弧側にかけてカルデラを生じるような大規模な酸性火砕流の噴出が起こり、陸源物質とともに周辺の堆積盆,このため島弧の中軸は一層隆起して、背弧側の堆積盆は西側へ後退し、太平洋側の堆積盆は沈降を続ける。,なお、このころ伊豆半島が衝突し始めたらしく、丹沢山塊と伊豆半島の間にあった堆積盆は丹沢山塊などから多量
通史編1(自然・原始) (三 津軽平野南部の地形発達)

と、十和田カルデラに起因する火砕流堆積物を構成層とする複合扇状地が形成された。,の堆積物が覆われ扇状地が拡大していった。,厚さ約二〇メートルに及ぶ本質的な火砕流堆積物とその再堆積物は一〇〇〇分の八~一五の勾配をもち、下流側に,が埋積する形で堆積し平賀面が形成された。,また、古懸浮石流凝灰岩の直上に堆積する、軟弱な砂・泥・泥炭層の堆積物から判断して常盤面および境関面の堆積環境
通史編1(自然・原始) (原ヶ平面)

原ヶ平面 原ヶ平面は、松原面上を刻む河川が駒木浮石流凝灰岩に相当する軽石質砂層と砂礫など氾濫性の堆積物,軽石質砂層の上位には暗茶褐色砂質シルト層(N値五未満)が堆積し、下半部のシルト層には軽石粒の混入が目立,軽石質砂層の下位には砂礫層があり、直下には厚さ二〇メートル以上に及ぶ細粒砂岩が堆積している。,上半部がN値二一~二六と軟弱だが、下半部は五〇以上の堅固な堆積物である。,なお、上位には砂礫層、黒灰色砂質シルト(N値一〇未満)などが堆積している。
通史編1(自然・原始) (黒石面)

含む、崩壊の著しい未固結の砂礫層(厚さ約一〇メートル)が堆積している。  ,下半部の約四メートルは本質的な火砕流堆積物と思われる黄褐色軽石質凝灰岩(N値五〇以上)が堆積している。,火砕流堆積物直下には局部的に暗灰色有機質シルト(16)が堆積し、金田小学校では埋没樹と思われる腐食した,黒石面は山地から供給された砂礫を主体とする扇状地性の堆積物のほかに、約三万年前に流下した火砕流堆積物とその,再堆積物によって構成されていると推定される。
通史編1(自然・原始) (海洋プレートが運んでくるもの)

赤道太平洋のようなところでは、放散虫などのプランクトンが大繁殖し、砂や泥などが堆積しにくいので、低緯度,の深海底には放散虫の死骸の密集した泥が堆積している(斉藤、一九七九、日本海洋学会、一九九一)。,所で、珪質プランクトンの死骸から形成されたチャートの層が海洋プレートの移動とともに運ばれると、付加体堆積物中,海洋プレートが運んでくる堆積物はチャートだけとは限らない。,したがってこのようにして形成されたチャートや泥岩の地層は、堆積に要した時間は長いものの、それほど厚くはない
通史編1(自然・原始) (広野面)

いずれも大和沢川の氾濫による砂礫を主体とする堆積物で形成された面であり、形成時期の新しい広野面や清野袋面,広野面は最上部に碇ヶ関浮石層を載せるが、火砕流起源の堆積物は存在しない。,基盤の砂岩上に砂礫層(厚さ約四メートル)が載り、その上には黒灰色腐植土および粘土が約三メートルの厚さで堆積,安原第三児童公園では地表直下に碇ヶ関浮石層があって、下位に砂礫層と淘汰不良の砂層の互層が堆積している。,この砂礫層は大和沢川の氾濫によって帯状に堆積したものである。
通史編1(自然・原始) (大規模な海底地滑りの痕跡)

大規模な海底地滑りの痕跡 泥を堆積していたこの海は、引き続いて砂が堆積する浅い海へと環境が変化する直前,スランプ堆積物と呼ばれるゆえんである。,(ストーム堆積物)ができる。,碇ヶ関カルデラから流出した火砕流堆積物は虹貝(にじかい)凝灰岩、沖浦カルデラから流出した火砕流堆積物は,れて堆積した、白っぽい軽石質の砂層(ラハール堆積物)が何枚も挟まれている(第一章第四節参照)。
通史編1(自然・原始) (常盤面)

六羽川近くの平賀町立西中学校⑲(三五メートル)でも消防署21地点と同様の堆積を示している。,に相当する軽石質砂層が一〇メートル以上の厚さで堆積している。,砂層中には軽石層、泥炭層および有機質粘土が薄く堆積していることから、再堆積物としての特徴をもつ。,軽石質砂層の下位には厚さ八メートル以上の砂礫層(N値二九~五〇以上)が堆積し、上部には有機質粘土(厚さ,二~三メートル)、下部には青灰色砂質シルト~粘土質シルト(厚さ四メートル以上)が薄く堆積している。
通史編1(自然・原始) (駒木浮石流凝灰岩)

駒木浮石流凝灰岩 大鰐町駒木の駒木沢で確認した火砕流堆積物は、軽石粒および亜角礫~亜円礫の本質的な岩片,堆積したりしていることから、火砕流の流下時には各流域を埋め尽くしていたと思われる。,平川および浅瀬石川流域にみられる火砕流堆積物を駒木浮石流凝灰岩と呼称し、大不動浮石流凝灰岩に対比される,図19 浅瀬石川流域での火砕流堆積物の確認地点(5万分の1津軽地域広域市町村圏図〈国土地理院承認番号 ,上部に火山泥流状の砂層が堆積する。  
通史編1(自然・原始) (駒越面)

資料によると、駒越⑲(三三メートル)では最上部に円礫を少量含む黒褐色の有機質粘土(厚さ約二メートル)が堆積,し、下位には径二〇センチメートル大以下の円礫を多量に含む砂礫層が五メートル以上の厚さで堆積している。,一方、岩木川以東の板柳地区では上部に湿地性の堆積物としてのシルトと砂の互層が厚く堆積している。,厚さ一六~二〇メートルに及ぶ粘土質シルトと砂の互層(シルト部分がN値四未満で、砂質部分が一〇未満)が堆積,し、下位には一〇メートル以上に及ぶ砂礫層が堆積している。
通史編1(自然・原始) (扇状地周縁の地形)

基盤岩を覆う黄金山層など第四系からなり、特に先岩木火山の火山活動による噴出物も堆積している。  ,岩屑なだれ堆積物がみられ、堆積面上に各集落が位置している(口絵・写真15右)。,:十面沢北方の夕日ヶ丘は岩屑なだれ堆積面上にある。  ,左:湯段南方の丘陵では岩木火山側へ逆傾斜する堆積物となっている。  ,が堆積している。
資料編1(考古編) (67.六萬平層Ⅷ)(ろくまんたいそう))

八甲田第2期火砕流堆積物を挟む。,八甲田火砕流堆積物との層序関係から、約40~65万年前の堆積物とされる。貝化石を含む。,青荷凝灰岩(村岡・長谷:1990)及び小高ほか(1970)の大釈迦層上部や八甲田第1期火砕流堆積物を不整合
通史編1(自然・原始) (第一期)

下部は基盤地形の影響を受けてしばしばドーム状に湾曲するが、上部はほぼ水平に堆積している。,なお、羽黒神社南方の高館山では、ゲロパーミスの下位に暗灰色の新鮮な凝灰角礫岩が堆積している。,、下位には泥炭層を含む凝灰質の砂質粘土層が堆積している(写真20)。,おそらく、先岩木火山起源の新法師層、呼称「ゲロパーミス」は、浅い湖底堆積物と考えられる黄金山層の堆積以前,下位に泥炭層をはさむ凝灰質粘土層が堆積する。
通史編1(自然・原始) ([口絵])

左右両側の高地が岩屑なだれ堆積面である。,十面沢小丘群の一つ。十面沢南方の採石場跡にみられる岩屑なだれ堆積物が,十面沢小丘群の構成物を覆っている,古岩木火山体を形成する溶岩と火砕岩からなる。 赤倉沢の高度500m付近にみられる岩屑なだれ堆積物,(五所川原市小田川) 碇ヶ関カルデラの水域に堆積した、泥炭質シルト岩。,湖の堆積物に特有な平行な縞(ラミナ)がみられる。
通史編1(自然・原始) (清野袋面)

清野袋および向外瀬付近(二一~二二メートル)では深度約八メートルまでは亜角礫~円礫を多量に含む砂礫層が堆積,厚さ一メートルの小礫混じりの砂質シルトが認められるが、全体として一〇メートル以上の厚さをもつ砂礫層が堆積,この砂礫層は岩木川の氾濫によって供給された堆積物で、流域に沿って微高地を形成している。  ,一方、岩木川東岸にあっては堆積物の特徴が異なっている。,シルトを主体とした軟弱な堆積物(N値八未満)で、下位には厚さ約八メートルの砂礫層が堆積している。
通史編1(自然・原始) (第三期)

軽石層(白色の縞模様)が数枚堆積する。,岳層の上位には、常盤野層にあたる黄褐色細粒軽石層(「カレーパーミス」と呼称)が堆積している。,二〇~五〇センチメートルの厚さであるが、岩木火山体周辺では必ずしも厚く堆積するわけではない。,供給された砂礫が堆積している。,構成する火山麓扇状地の堆積物によって覆われているからと思われる。
資料編1(考古編) ([口絵])

〔岩木山北東麓に位置する十面沢円頂丘群〕 泥流堆積物からなる流れ山とも言われているこの円頂丘群は,この火砕流の直下には、碇ケ関カルデラ内に堆積した湖成層(写真右が碇ヶ関層)が堆積している。,下位は鶴ヶ坂層、上位は田代平溶結凝灰岩であって、鶴ヶ坂層の風化帯を挟んで堆積する。,〔黒石市法峠における六萬平層〕  潮流口に形成された三角州堆積物の特徴を持つ。,ほかにラグーン環境を示す堆積物も見られる。約40~65万年前の堆積物と考えられている。
通史編1(自然・原始) (第二期)

おそらく、「磐梯式噴火」の水蒸気爆発で古岩木火山の山頂部が大崩壊し、山麓に岩屑なだれが流下し堆積したと,鈴木(一九七二)は、この岩屑なだれ堆積物を古岩木火山体の構成層と考え、分布範囲の広さから現岩木火山よりも,白沢では岩屑なだれ堆積物直下に、古岩木火山の構成層である赤紫色の凝灰角礫岩が堆積している。,火山麓扇状地外縁にあたる、長前川流域の丘陵でもやはり岩屑なだれ堆積物が確認できる(写真22)。,そのときの岩屑なだれの流下によって、岩木火山の火山原面前縁に分布する岩屑なだれ堆積面や、西麓の松代面、
通史編1(自然・原始) (座頭石のチャート)

ここでみられる岩石はハンマーで叩くと火花が飛び散るほど硬く、チャートと呼ばれる堆積岩である。,その他の堆積岩としては黒っぽく変色した泥岩もみられる。,付加体の地層を理解する上で、このような独特な変形をした堆積物の観察は非常に重要なので、他の例もみてみよう,写真65 座頭石付近にみられる,付加体堆積物を特徴づけるメランジ(混在岩)の産状。,図52 尾開山西の付加体堆積物を構成するメランジ(混在岩)の様子。
通史編1(自然・原始) (地層に記録された過去の出来事)

この台地と平野は、岩木(いわき)川や平(ひら)川が運んできた土砂が堆積してできた、まだ固まっていない堆積物,しかし、市街地を取り囲む丘陵や山地は(写真42)、遠い過去に海底に運ばれた土砂が固結してできた堆積岩と,、かつては活発に活動していた火山から流れ出した溶岩や火砕流が堆積してできた地層などから構成されている。,平野の表面を覆う堆積物は、今から数万年前より新しい時期にできあがったものである(第一章第三節参照)。,地層を構成する堆積物や地層の広がりは、年代が古いほど市町村や県境などの行政境界の輪郭とは無関係に、広く
通史編1(自然・原始) (境関面)

さ約四メートル)、灰色軽石質砂層(N値三四~三九、約六メートル)、泥炭層(厚さ〇・五メートル)の順で堆積,の重鉱物組成では磁鉄鉱、紫蘇輝石、普通輝石、角閃石の順で多く含まれていることから古懸浮石流凝灰岩の再堆積物,メートル)、礫混じりの軽石質砂層(N値二九~四〇、約八メートル)、黒灰色シルト層(約一メートル)の順で堆積,なお、第一中学校⑭(二七メートル)および野田団地(二五メートル)では軽石質砂層の上に砂礫層が厚く堆積するが,、下位にもシルト、砂、砂礫が厚く堆積している。
通史編1(自然・原始) (南麓)

このように、南麓では松代面あるいは古期火山麓扇状地面である弥生面が土石流などで供給された扇状地性の堆積物,ただ、扇端部の根ノ山付近は枯木平地区と同様に火山麓斜面とは逆傾斜の微傾斜面であって、岩屑なだれ堆積面(,写真12 地蔵茶屋付近の土石流堆積物。地表直下とローム層中に礫が層状に含まれる。,写真13 岩木山百沢スキー場での土石流堆積物。ローム中に3枚の砂礫層が認められる。
通史編1(自然・原始) (第三節 注記)

沈水林や海底林のほかに、火山噴出物や河成堆積物、風成堆積物によって埋積されたもの、木本泥炭を形成する低地林,(10)氾濫原…扇状地の分布域の下流側に河川の氾濫によって形成された堆積地形で、自然堤防や後背湿地などが,(11)崖錐…急斜面から落下した岩屑が崖のふもとに堆積して形成する急斜面での円錐形の地形。,(17)不整合…新旧二層の間に認められる、堆積作用の中断(堆積間隙(かんげき)の存在)による不連続な関係,(19)インボリユーション…周氷河地域にみられる表層堆積物の複雑な変形構造。
通史編1(自然・原始) (松原面)

松原面 黒石Ⅱ面に対比され、上位には駒木浮石流凝灰岩に相当する軽石質砂層が、下位には扇状地性の堆積物,が堆積している。,メートル)などでは、地表直下に碇ヶ関浮石層があって、下位に暗灰色軽石質粗粒砂層が五~七メートルの厚さで堆積,下部は再堆積の特徴をもつ軽石質粗粒砂層(N値三二~四五)であって、角礫~亜円礫を多量に含み含水性が高い,軽石質砂層の下位には厚さ二~三メートルの有機質シルト(N値五~一五)と砂礫層(厚さ五メートル以上)が堆積
通史編1(自然・原始) (太平洋プレート以前のこと)

が一億年以上かかって、はるか南方から運んできた深海堆積物ということになる。,その東側にあった海溝には,イザナギプレートの沈み込みが続き,弘前市南部でみられる付加体堆積物が形成された,コノドントは三畳紀の終りには絶滅してしまった動物なので、チャートが堆積したのは少なくとも三畳紀以前である,弘前市の南部に露出する付加体堆積物とよく似たものは、県内では他に尻屋崎(しりやざき)付近や八戸付近、小泊,したがって、日本列島の土台の大部分は付加体堆積物から成り立っているといえる(平、一九九〇)。
通史編1(自然・原始) (火砕流とは)

火砕流とは 写真28は十和田市を流れる砂土路(さどろ)川流域での火砕流堆積物に包含された流木を示しているが,写真28 火砕流堆積物に包含された流木 (十和田市の砂土路川流域,青森県史編さん室提供),写真29 火砕流堆積物に包含された炭化材(五戸町浅水川流域)  火砕流(火山砕屑流(さいせつりゅう
通史編1(自然・原始) (海に流れ込んだ火砕流)

同じような年代値を示す火砕流堆積物には、尾開(おびらき)山凝灰岩(村岡・長谷、一九九〇)がある。,尾開山凝灰岩は、湯ノ沢カルデラから噴出した火砕流堆積物が堆積してできた地層である。,これらは鮮新世前半に活動していたカルデラから海に流れ込んで堆積した、大規模な火砕流の名残である。,表12 津軽平野周辺に分布する火砕流堆積物と溶岩の年代 試料の採取位置 岩 相 年代値 地質年代 地層名,#39; 軽石凝灰岩 3.3±0.3Ma 後期鮮新世初期 尾開山凝灰岩 八甲田第1期火砕流堆積物
資料編1(考古編) (4.Q1(前期更新世、1.7~0.7Ma))

堆積盆は縮小分化して陸化したところが多いが、山間盆地では継続する後背地の隆起に伴い扇状地が発達する。,現在の海岸平野を形作っている堆積盆の大半はこの後の後氷期海進*18の開始から現在に至るまでの間、H(後期更新世,~完新世)の時代に堆積したものである。
通史編1(自然・原始) (地形の発達史)

津軽平野北部の湿地帯下に堆積する「五所川原礫(れき)層」は、最終氷期に向かう寒冷化の時期あるいは最終氷期最盛期,浅瀬石川などの河川から供給された多量の砂礫により扇状地が形成され、また十和田カルデラに起因する火砕流堆積物,この海水面の上昇により、五所川原礫層の上位には「十三湖層」が三〇~四〇メートルの厚さで堆積している。,十三湖層は砂やシルトを主体とする軟弱な堆積物(N値(9)一〇未満)であり、最終氷期以降の海面上昇による,沈水過程(10)での堆積物であって、平野下のV字状の古岩木川を埋積している。
通史編1(自然・原始) (高杉面)

(19)の発達した約一万五〇〇〇年前の砂層・シルト層も堆積している(山口、一九九三)。  ,小友小学校(一六メートル)では、おおむね地表下五~六メートル地点に三~五メートルの厚さをもつ泥炭層が堆積,メートル)、青灰色の砂質シルト層(N値五~一〇、二~三メートル)、砂礫層(厚さ三メートル以上)の順で堆積,(N値二~一〇、二~三メートル)・暗灰色砂質シルト~細粒砂層(N値一一~一三、二~三メートル)の順で堆積,軽石粒混じりの細粒砂層中には埋もれ木が含まれることが多く、おそらく泥炭層より上位の各層は湿地性の環境で堆積
資料編1(考古編) (1.N1(前期中新世中期-中期中新世前期、22~15Ma*5))

この時期の水平圧縮応力場は島弧に平行していて、日本海側には島弧に平行する湖盆*8や堆積盆*9が形成され,~15Ma)には日本海側の海域が拡大し、各地で火山性湖盆や基盤にオーバーラップ*10しながら海成層が堆積,N1b後半には、堆積盆が沈降して深海化していく。
通史編1(自然・原始) (桔梗野面)

ところで、墓地公園東側の土取り場(一一〇メートル)の露頭①は桔梗野面の上位面を構成する堆積物を示し(写真,ローム層(厚さ約二メートル)、凝灰質な暗灰色砂質粘土層(四~五メートル)、砂礫層(一〇メートル)の順に堆積,砂質粘土層は火砕流起源の再堆積物と考えられ、部分的に成層したり砂礫層および赤褐色粘土層をはさんだりしている,下位にはローム質な砂礫層(厚さ六~一〇メートル)と、基盤岩である砂岩(N値五〇以上、八メートル以上)が堆積,し、下位には岩屑なだれ堆積物が位置している(写真41)。
通史編1(自然・原始) (第五節 引用参考文献)

四二-五七頁 (8)鎌田耕太郎・尾島香居・古川克彦(一九九四) 青森県黒石地域の鮮新-更新統中の潮汐堆積物,佐藤恵里子・山口義伸・古川克彦・成田盛・奈良昌紀(一九九六) 弘前市笹森山に分布する鮮新-更新統大釈迦層の堆積相,:大釈迦堆積盆南縁の堆積相、青森地学 第四三号、三-八頁 (11)鎌田耕太郎・古川克彦・奈良昌紀・成田盛,第四五号、七-九頁 (12)鎌田耕太郎(二〇〇〇) 津軽平野東縁遠手沢に分布する鮮新統の放射年代と火砕流堆積物,の堆積環境、青森県史研究第四号、一一三-一二〇頁 (13)木村方一(一九九〇)青森県西津軽郡深浦町扇田沢産
通史編1(自然・原始) (長者久保遺跡)

遺跡は十和田カルデラの噴出物が堆積した軽石流堆積物の下層(紫黒色腐植土層)から発見されている。
/ 3ページ
  • 資料グループ
  • テキスト一覧
  • 年表一覧
  • キーワード一覧
  • 機関トップ
  • 利用規定
  • 利用ガイド
  • サイトマップ
  • ADEACトップ
X(旧Twitter) facebook line urlcopy
トップへ
ページURLがコピーされました