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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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資料編1(古代・中世編) (三 大浦城「縄張り」の復元)

三 大浦城「縄張り」の復元 先に述べたように、現在の大浦城跡は破壊が進んでおり、そのままでは旧状復元,明治二十六年十二月十一日調製)   イ、大浦村大字賀田字大浦(明治十八年二月調製) 図19 大浦城跡,津軽封内城趾考』所収)   イ、沼舘愛三作成の見取図(『津軽諸城の研究』昭和五十二年刊) 図18 大浦城跡
通史編1(古代・中世) (大浦氏関係の中世城館跡)

大浦氏関係の中世城館跡 鯵ヶ沢町種里城跡や岩木町大浦城跡などは開発に伴う発掘調査が行われている。,また大浦城跡(写真219)も、二ノ丸曲輪で掘立柱建物跡と思われる柱穴や、竪穴建物跡と思われる遺構などが,写真219 大浦城跡  このように近年の発掘調査により、文献史料からだけではうかがい知ることのできなかった
資料編1(古代・中世編) (一 大浦城の立地と現状)

一 大浦城の立地と現状 大浦城跡は、弘前城の西方およそ四・三キロメートル、中津軽郡岩木町五代字早稲田,周辺(旧城下町地区) 百沢街道と大浦城の大手 大浦城の城下,賀田地区 図17 大浦城跡位置図,大浦城跡の航空写真(昭和40年代撮影)
通史編1(古代・中世) ((五)発掘調査から見た遺跡)

や福村城跡の堀跡が発掘調査され、また大浦氏に関係した城館跡としては、鯵ヶ沢町種里城跡の主曲輪や岩木町大浦城跡二
通史編1(古代・中世) (本城(根城)の城館跡)

その他、当市域外ではあるが津軽氏に関係する城館跡としては、鯵ヶ沢町の種里城跡や岩木町の大浦城跡なども挙
資料編1(古代・中世編) (四 城館の構造)

四 城館の構造 大浦城跡は、慶安二年(一六四九)の「津軽領分大道小道磯辺路并船路之帳」(弘前市立図書館蔵八木橋文庫,図21 大浦城跡の現状写真と模式図 図22 大浦城跡の現状写真と模式図
資料編1(古代・中世編) (二 本章で取り上げる中世城館跡)

市域外であっても、岩木町の大浦城跡、平賀町の大光寺城跡、藤崎町の藤崎城跡など、この地方の歴史に大きな意味,① 石川城跡(弘前市石川)   ② 大浦城跡(中津軽郡岩木町賀田(よした)・五代(ごだい))   ,方法によって、重要な城跡ながらこれまで研究の少なかった石川城跡や、遺構自体が消滅の危機にさらされている大浦城跡
資料編1(古代・中世編) (五 大浦城と「城下」の構造)

大浦城跡周辺でこうしたみごとな短冊型地割は、ほかに見当たらない。,大浦城跡と旧城下の賀田地区(平成元年撮影)
資料編1(古代・中世編) (一 東目屋地区の中世城館と領主の歴史)

第三節大浦城跡の項で述べたように、岩木山麓から目屋地区にかけての地域は、西浜と津軽平野を結ぶ戦略的要地
通史編2(近世1) (大浦城の構造)

大浦城跡は、弘前城の西方約四・三キロメートル、中津軽郡岩木町五代(ごだい)字早稲田(旧門前村)にあり、
通史編1(古代・中世) (東目屋地域に見られる城館跡)

東目屋地域に見られる城館跡 大浦城跡から西側に当たる岩木山麓から目屋地区にかけての地域は、西浜と津軽平野
資料編1(古代・中世編) (二 大浦城の歴史)

また、弘前市内の誓願寺にある応安四年(一三七一)の板碑は、大浦城跡の本丸石垣より出土したものと伝えられ
通史編1(古代・中世) (城館タイプの分類)

領主居住型城館跡」ともいえる拠点的性格を持つ城館は、浪岡町浪岡城跡や弘前市石川城跡、鯵ヶ沢町種里城跡、岩木町大浦城跡
通史編1(古代・中世) (大浦城と大浦城下町)

図63 大浦城と大浦城下町と街道 写真204 大浦城跡航空写真  まず、大浦城は本丸・
通史編2(近世1) (林政の展開と漆木の栽培)

表24 寛永7年の漆木植え付け場所と本数 漆木植え付け場所(現地名) 本数(本) 大浦城跡(岩木町賀田
資料編1(古代・中世編) (新編 弘前市史 資料編1-2 古代・中世編 目次)

………  四四六   五 縄張りからの問題点……………………………………………  四六四  第三節 大浦城跡
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