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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍
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資料編1(考古編)
(35.大釈迦層Ⅷ)(だいしゃかそう))
35.
大釈迦
層Ⅷ)(だいしゃかそう) 今泉(1949)の命名によるが、ここでは村岡・長谷(1990),模式地は、浪岡町
大釈迦
トンネル付近、津軽半島周縁及び弘前盆地東縁に広く分布する。,備考: Nomura and Hatai (1935)の
大釈迦
貝化石層、岩井(1965)の遠手沢層、小高,ほか(1970)の
大釈迦
層から六萬平層(村岡:長谷,1990)を除いたものに相当する。 / 35.
大釈迦
層Ⅷ)(だいしゃかそう)
資料編1(考古編)
(67.六萬平層Ⅷ)(ろくまんたいそう))
下部では固結度がやや高く、砂管・貝化石を含むなど、岩相的には
大釈迦
層の砂岩と識別困難である。,青荷凝灰岩(村岡・長谷:1990)及び小高ほか(1970)の
大釈迦
層上部や八甲田第1期火砕流堆積物を不整合,備考:岩井(1965)の遠手沢層、小高ほか(1970)の
大釈迦
層の一部に相当する。
通史編1(自然・原始)
(岩木山東縁断層)
断層の西側に
大釈迦
相当層が分布しないことから、
大釈迦
層の分布を規定する断層、あるいは岩木山の成因にかかわる
資料編1(考古編)
(41.遠手沢層(とおてざわそう))
備考:今泉(1949)の古懸層、浅瀬石層(青森県,1954)の一部、今泉(1949)の
大釈迦
層に相当する,村岡・長谷(1990)では模式地における本層が
大釈迦
層に、浅瀬石川左岸に分布するものは六萬平層に対比している
通史編1(自然・原始)
(津軽平野を覆っていた海)
この〝古津軽湾〟ともいえる大きな内海は、ある時期には
大釈迦
(だいしゃか)付近にあった狭い水路を通じて陸奥湾側,その証拠に、この時代の堆積物である
大釈迦
層には、砂粒ほどに砕かれた貝殻の破片や軽石のかけらを含んだ砂岩,写真45
大釈迦
層にみられる潮流が流れていた痕跡を残しているクロスラミナ。,(
大釈迦
付近) この時代の始めごろ、この海はまだ深く、海底には泥や砂混じりの泥が堆積していた。
通史編1(自然・原始)
(海辺に堆積した火砕流)
写真54 唐竹付近にみられる,約150万年前の
大釈迦
層の火砕流堆積物に富む露頭。,図50
大釈迦
層(平賀町唐竹付近)の柱状図 この崖に出ている
大釈迦
層と同じ時期に堆積した地層は
通史編1(自然・原始)
(花巻面)
軽石質凝灰岩(八甲田第二期火砕流堆積物)の下位にも厚さ約五メートルの砂礫層があり、基盤岩である砂質凝灰岩(
大釈迦
層,
大釈迦
丘陵では、青森市岩渡(いわたり)にある産廃処理場内で確認したように、八甲田第一期火砕流堆積物および,青森空港の位置する
大釈迦
丘陵も、青森市南方の丘陵でもこれら二枚の火砕流堆積物で形成されている。
資料編1(考古編)
(39.鶴ヶ坂層Ⅲ)(つるがさかそう))
新城川流域及び
大釈迦
・前田野目付近に広く分布する。
資料編1(考古編)
([口絵])
〔
大釈迦
峠付近の
大釈迦
層〕 主に斜交葉理の発達した砂岩及び凝灰質砂岩からなり、浅海性の堆積物である,
大釈迦
層の上位には鶴ヶ坂層(非溶結の軽石質凝灰岩)が乗っている。
通史編1(自然・原始)
(第五節 引用参考文献)
一年学術大会講演要旨、一三五頁 (9)鎌田耕太郎(一九九五) 黒石市南東遠手沢に分布する鮮新-更新統
大釈迦
層,ゆかり・佐藤恵里子・山口義伸・古川克彦・成田盛・奈良昌紀(一九九六) 弘前市笹森山に分布する鮮新-更新統
大釈迦
層,の堆積相:
大釈迦
堆積盆南縁の堆積相、青森地学 第四三号、三-八頁 (11)鎌田耕太郎・古川克彦・奈良昌紀
通史編1(自然・原始)
(海に流れ込んだ火砕流)
E140°37' 軽石凝灰岩 1.5±0.2Ma 前期更新世初期
大釈迦
層,30” E140°40' 軽石凝灰岩 2.8±0.5Ma 後期鮮新世
大釈迦
層
資料編1(考古編)
(1.青荷凝灰岩Ⅷ)(あおにぎょうかいがん))
カルデラ外青荷凝灰岩は、今泉(1949)の
大釈迦
層、井上・三橋(1961)の碇ヶ関層、岩井(1965)
通史編1(自然・原始)
(大規模な海底地滑りの痕跡)
この海に堆積した地層は
大釈迦
層と呼ばれている。,(平賀町唐竹)
大釈迦
層が堆積した時の海には、グロビゲリナ・ブロイデス、グロビゲリナ・クィンケローバ,
大釈迦
層(写真45)は、
大釈迦
付近から津軽平野の東側を取り巻くように分布し、黒石市の東側の丘陵地や平賀町東部,写真52 笹森山をつくっている,
大釈迦
層の砂岩にみられるロッセリア(Rosselia)の化石。
通史編1(自然・原始)
(平野内の水系と等高線の配置)
また、山地南端の梵珠山に源を発する
大釈迦
(だいしゃか)川、八甲田山系に源を発する浪岡川や正平津(しょうへいつ
通史編1(古代・中世)
(協力機関および協力者一覧(機関・個人順、五十音順))
京都府京都市) 東北大学附属図書館 東北歴史博物館 常呂町教育委員会 浪岡町史編さん室 浪岡町
大釈迦
工業団地調査会
通史編4(近・現代1)
(鉄道の開通と運輸事業)
新城
大釈迦
浪岡 弘前 大鰐 碇ヶ関運賃 八・五銭 二三銭 三〇・五銭 五五・五銭 七三銭 八八銭
通史編1(自然・原始)
(掘さくの深度)
深度は図上において連続性が鮮明であるとともに、浅部の地質で述べたように、新第三紀鮮新世~第四紀更新世の
大釈迦
層相当層
通史編1(古代・中世)
(平安時代の大規模集落)
浅瀬石川水系の尾上町李平下安原(すもだいしもやすはら)遺跡や黒石市浅瀬石遺跡が挙げられるほか、浪岡町を流れる
大釈迦
川流域
資料編1(考古編)
(5.青森県における弥生時代の終局)
続縄文式土器を出土する遺跡が目立って多くなり、その分布は下北半島から八戸市へかけての海岸線と、津軽平野東南の
大釈迦
丘陵末端
通史編1(自然・原始)
(「新編 弘前市史」編纂事業関係者名簿(平成十三年一月一日現在辞令交付分))
開成技術(株)代表取締役 〃 佐々木馨 北海道教育大学教授 〃 高杉博章 浪岡町
大釈迦
工業団地調査会主任調査員
通史編2(近世1)
(参勤交代路と街道の状況)
弘前~油川間では
大釈迦
(だいしゃか)から新城(しんじょう)間の津軽坂山中が二間で、三間のところもあるという
通史編4(近・現代1)
(第五十九銀行の営業状況)
明治三十六年三月一日 青森安方町出張所 同 三十八年十月一日 七戸支店・
大釈迦
出張所 同 四十年四月一日
通史編2(近世1)
(本村と新田)
「濱の長峰」の現在地は不明だが、「浪岡内鞠澤」は現在の五所川原市前田野目(まえだのめ)字鞠ノ沢で、
大釈迦
丘陵山間
資料編1(古代・中世編)
([付図])
「古代・中世編」第4章の板碑一覧と対応 弘前市及び周辺の中世城館跡 1 笹館 66
大釈迦
館
通史編5(近・現代2)
(県立工業から弘前工業へ)
られていたらしく、四年生六八人は、遠足が終わって帰校解散後も自宅に帰らず、弘前駅と川部駅から乗車して
大釈迦
通史編1(自然・原始)
(泉質)
これらの温泉には新第三系鮮新統の東目屋層・尾開山凝灰岩および新第三系鮮新統~第四系更新統の
大釈迦
層を帯水層,ただし丘陵や山地部の地質構造を考慮すると、東目屋層と
大釈迦
層相当層を画する断層、または岩木山の成因にかかわる
通史編1(古代・中世)
(三戸南部氏による領国支配の強化)
その軍勢は閉伊郡の武士を主力とした編成で、本隊は外浜から大豆坂・
大釈迦
峠を越え津軽に入り、大勝利を得たという
通史編4(近・現代1)
(運輸事業)
大鰐ニ至ル 一線 一 青森ヨリ野辺地三戸ヲ経テ岩手県下に至ル 一線 一
大釈迦
通史編1(自然・原始)
(二 浅部の地質)
松木平層・大和沢層相当層、鮮新世の尾開山凝灰岩・大秋層・東目屋層相当層、新第三紀鮮新世から第四紀更新世の
大釈迦
層相当層,
大釈迦
層相当層は、砂岩・礫混じり砂岩を主体とし、シルト岩を挟み、津軽平野のほぼ全域で確認される。
通史編2(近世1)
(林政の展開と漆木の栽培)
元禄10(1697).3 五本松村(現浪岡町五本松)の野山から
大釈迦
山にかけて松苗20~30万本植林。
通史編1(古代・中世)
(掲載図版・写真の典拠・所蔵一覧)
弘前市蔵 写真56 弘前市教育委員会 写真57 北海道余市郡余市町教育委員会 写真58 南津軽郡浪岡町
大釈迦
工業団地調査会
資料編1(考古編)
(新編 弘前市史 資料編1-1 考古編 目次)
33.相馬集塊岩層 34.大秋層 35.
大釈迦
層
資料編1(考古編)
(-文献リスト-)
とメカニズム.火山第2集,Vol.20, P.205-221 ◇8 飯塚保五郎(1929) 青森県
大釈迦
油田地形
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