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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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通史編4(近・現代1) (実業補習学校)

実業補習学校 大正三年(一九一四)一月、弘前市において重大な改革があった。,実業補習学校の設置は、明治二十三年の小学校令によるものであったが、第一次世界大戦を契機としてわが国の産業,は飛躍的に発展し、こうした社会情勢に対応するため、大正九年、実業学校令及び実業補習学校規程が改正され、,大正七年八月、男子に先駆けて女子の実業補習学校が誕生したが、弘前女子実業補習学校がそれである。,第一回生の秋山とくが、女子実業補習学校が成立したときの経緯に触れているので、その文章を引用する。 / 実業補習学校
通史編5(近・現代2) (青年学校令の制定)

青年学校令の制定 昭和初期におけるわが国の勤労青少年の教育機関としては、実業補習学校と青年訓練所が設置,され、女子青年は実業補習学校、男子青年は前記両者において教育を受けるものとされていた。,しかし、実業補習学校と青年訓練所には共通するものが多く、しかも男子では両者に二重在籍するものが多数だった,昭和十年(一九三五)四月一日、青年学校令及び青年学校令施行規則が制定され、実業補習学校と青年訓練所は統合
通史編5(近・現代2) (弘前実科高等女学校の変遷)

大正十四年、市立弘前女子実業補習学校から市立弘前女子実業学校に改称された。,昭和十年には、青年学校令によって実業補習学校規程が廃止されたことから、高等女学校への変更を申請し、十月一日
通史編5(近・現代2) (市立弘前商業学校の成立)

昭和十年四月、青年学校令が公布され、軍事訓練が主目的の青年訓練所と、一般教育を行う実業補習学校は統一されることになった
通史編4(近・現代1) (市税の構造)

年  大正八年においては、収入の主なものは、弘前市立病院の診断料や入院料などの収入と、高等小学校・実業補習学校
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