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弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍
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通史編2(近世1)
(信寿の高増運動)
信寿の高増運動 江戸時代の武士の世界ではそれぞれの家の有する
家格
が大きな意味を持っていた。,大名の社会でも、領地の石高、将軍家との親疎などの要素から
家格
が決定され、これらの要素の外に、大名が叙任,これらの表現の形式もやがてその家の持つ
家格
として固定化していく。,官位の叙任状況の観点からみると、おおよそ寛文・延宝期ころまでに
家格
が成立するという。,そういった
家格
を高めるために、大名たちはさまざまな運動を展開していく。
通史編1(古代・中世)
(津軽氏の系譜と唐糸御前)
まれ、それが強引に北条時頼とつなげられて、平泉藤原氏の子孫であることを主張する自らの系譜認識のなかで、
家格
通史編2(近世1)
(大名の改易と幕領検地)
大名の改易と幕領検地 元禄時代は、大名の浮沈が激しかったこと、
家格
制度が完成した形になっていないこと,、そして大名の勤役・課役の選定基準ができるのは大名の
家格
が固定してからのことであるという視点から、将軍,と大名、および大名相互の関係は、近世後半よりはまだ動きのあった時代、
家格
に基づく秩序の形成途上にあった
通史編3(近世2)
(学校縮小)
同時に学官員も創立当時の八〇人から三〇人に削減され、またこれまで支給されていた
家格
外の役禄に伴う加給も
通史編2(近世1)
(二度の高直り)
ただし、封地(ほうち)や位階(いかい)はそのままで、
家格
だけの昇進であった。,領土を増したわけではなく、それに応じた軍役(ぐんやく)を負担させたわけであるが、両家としては
家格
が上がったことになる
通史編3(近世2)
(養老礼)
また長袴以上、月並以上の
家格
で該当する者をそれぞれ「国老」と「庶老」と称した。
通史編3(近世2)
(藩兵の整理)
旧小姓組が一等銃隊隊外という具合に、以下四等銃隊御雇入の部まで、戊辰戦争中に雑然となった諸隊が封建的
家格
秩序,たとえば、旧御手廻格や御馬廻格などの「格役」は長年の勤続に対して名誉的に与えられる
家格
であり、必ずしも
通史編3(近世2)
(幕末期近衛家との関係)
近衛家が津軽家を庶子と認めたのは、文化年間の一〇万石への高直りに伴って官位と
家格
が上昇したことに原因があり,御長刀(おんながかたな)・爪折御傘(つめおりおかさ)など、近衛家の家紋のついた物品の贈与などを通して
家格
通史編2(近世1)
(相馬大作事件)
相馬大作事件 このような津軽家の官位昇叙(しょうじょ)に伴う
家格
の上昇に不満を募らせたのが、盛岡藩の
通史編3(近世2)
(醍醐忠敬の弘前転陣)
そして、そこに恒常的な徴用が可能になるように、御手廻・御馬廻両組に入るべき
家格
の子弟は、十七歳以上になれば
通史編2(近世1)
(綱吉政権下における大名課役)
江戸に参府した大名に対して、幕府は
家格
・石高に合わせて務めを課した。
通史編3(近世2)
(一〇代信順の治世)
図40.轅輿(えんよ)の図 文化五年(一八〇八)十二月、表高一〇万石に高直りした当藩では、
家格
通史編2(近世1)
(幕府の蝦夷地政策)
津軽弘前・盛岡両藩は村替え反対の意向を示すが、幕府は
家格
上昇を条件に両者の対抗意識をあおりながら政策の
通史編3(近世2)
(第一次藩政改革と特色)
規定を発表し、無役となった者の公的場所における席次や、嫡子の家督相続の保全を定めており、彼らの家禄や
家格
資料編3(近世編2)
(【解説】)
ただし、新たに領地を幕府から拝領したのではなく、同じ領地内での名目だけの石高増加であったことから、
家格
,なお、幕府は弘前・盛岡両藩の反目と
家格
上昇志向を巧みに利用しながら蝦夷地警備の強化を図っていたが、ここに
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